TOP 読者の声 南風病院院長・福永秀敏先生のお手紙 『特別支援教育における教育実践の研究』を読んで

南風病院院長・福永秀敏先生のお手紙 『特別支援教育における教育実践の研究』を読んで

『特別支援教育における教育実践の研究』

南風病院(鹿児島市)の院長・福永秀敏先生からのお手紙


週末は日本病院会主催の医療安全のアドバンスコースを開催したが、80人を超える人が全国から集まった。今夜はリレー・フォー・ライフの慰労会が予定されている。
5月は新入院患者数など昨年とほぼ同じ数で推移していたが、後2週間でどうなるだろうか。
鹿児島県立養護学校の先生(山之内幹先生)(2015/05/18)
「私は加治木養護学校の山之内幹と申します。よろしくお願いします」というお手紙と一緒に、突然一冊の本が送られてきた。
「特別支援教育における教育実践の研究?指導記録の書き方と生かし方?」というタイトルの本で、著者の山之内先生は教育学博士でもある。先生の略歴とこの本を上梓されるにいたった経緯を、まえがきとあとがきから整理すると次のようになる。
昭和35年の生まれで鹿児島県の出身、琉球大学教育学部に進学された。そこで生涯の師となるK先生との出会いがある。K先生に「記録をとることは、医学でも教育でも大事だよ。初めての事例であっても、ちゃんと記録に残しておけば、同じような事例が後から2例、3例と報告された時に、新たな発見や治験につながることもある」とよく言われていた。このK先生との交遊はその後も30年間も続き、山之内先生は指導記録をK先生に送り、指導や助言を受けたという。K先生は精神科医でもあるので、医学における症例報告の重要性を「教育実践報告」としても強く感じておられたのだと思う。私の恩師の井形先生も「病名は同じでも、受け持った患者さんの病態は一人として同じ訳ではないので、どのような症例でも報告できる」とよく言われていたが、若い先生方には大切な言葉かと思う。
さらに山之内先生は、初任校で仕えた校長の「教員は転勤がある。赴任した学校で出会う子どもたちは、それぞれ異なる課題や問題を抱えている。それを解決するのが教師の役目だ」という言葉を忠実に守って来られたという。
これも科学者には重要な視点で、問題解決型思考」そのものである。山之内先生はその教えを守り30年間にわたり淡々と実践されてこられた。その成果をいろいろな研究会で発表し論文化されており、その努力は称賛に値する。
 その後、筑波大学で修士、福岡大学で博士課程を修了されている。義務教育課程の現場の先生で、博士号まで取得されている先生は少ないのではないだろうか。
 この本の中に幾編かの「閉話」というコーナーがあり、これが面白い。
その一つは、地域の小学校の通常のクラスを担任していたときの、「いじめ」問題についてである。3つの事例を挙げながら、「このような少年たちとの出会いから、私はどのような状況においても、三つのことだけは実行するようになりました」とある。「何かを感じ取ろうとする目を持つこと」、「寄り添うこと」、「生きる選択肢を教えること」とある。ここの部分は、医療、とりわけ難病医療の問題とも重複する部分も多い。
 まず「感じ取ろうとする目」がなければ、予兆を見逃したり、取り違えたりする。目を持っていても、その対策が途方もなく大きく自分の能力を超えるものだということになれば、初めから避けて眼をそらしてしまう。
 次に「寄り添うことに」に関しては次のように書かれている。
 あなたのそばにいること、そばにいたいという思いを告げること。ちょっとした声掛けをすること、話しかけること。話しかけたい、という思いを告げること。あなたの今を見ていること、それを告げること。あなたを遠くで見守っていること、それを告げること。ともに悩むこと、そして傷つくこと......。
 最後の「生きる選択肢を教えること」に関しては、「誰でもいい、もしいじめで苦しんでいる子を見つけたら、次のように言ってほしい」。
 学校なんか行かなくてもいいんだよ。それでもなんとかなるって。他にも学べるところは一杯あるよ。そんな所を一緒に探そう。お家の人にも話してやるよ。心配することないさ。
 難病の患者さんに対しても同じことが言えるわけで、決して一人ではないこと、誰かが見守ってくれていることを告げることは大切である。