TOP 読者の声 一読者からのお便り『特別支援教育における教育実践の研究─指導記録の書き方と生かし方』

一読者からのお便り『特別支援教育における教育実践の研究─指導記録の書き方と生かし方』

特別支援教育における教育実践の研究

一読者からのお便り

山之内 幹先生
 光の春の訪れで、日差しの中に春の暖かさを何となく体に感じる今日この頃でございます。その後、先生にはご健勝にて養護学校で子どもたちと充実した日々をお過ごしのことと思います。
 ところで、過日は「ことばとからだをこころがつなぐ」?特別支援教育の実践記録という大変貴重なご本をお贈りいただきありがとうございました。はじめ、どのような関係の方からの贈り物かといぶかしく包みをほどきました。すると中に添えられたお手紙に久里浜で私の拙い講義を受けた方からだと判明し、納得いたしました。今から10年以上も前のことだということで、とても懐かしく思い出しました。あの頃、還暦に近い私としては、これまでの育児体験および教育現場での体験から「聴覚障碍」について皆様に理解していただきたい一心で話をさせていただいておりました。
 また、ご本の中に私の「ことば」が取り上げられており、何となく恥ずかしくうれしくもありました。取り上げていただきありがとうございました。
 あれから約10年が経ちました。時代が変わり、社会が変わり、聴覚障碍教育の世界も少しずつ変化してまいりました。しかし、聴こえない・聴こえにくい子どもたちの側からするとまだ理解が薄いと思われているのではという危惧が常にあります。
 私はいまだに都立大塚ろう学校でスーパーバイザー的なことをしております。殊に私の経験から聴こえない・聴こえにくい子どもの理解をまず一番にしてもらうべき人は、保護者であるという思いから、現在、乳幼児支援の立場で主に親御さんの支援に力を注いでおります。
 さて、今回お贈りいただいたご本を拝読させていただきました。先生はろう学校を含む特別支援学校のご経験を日々の丹念な指導記録に残されていました。
 本を読ませていただき私がまず感じたことは、先生の少しでも子どもの側に立ってものを考えよう、子どもが動きやすい補助具を作ろう、子どもが喜ぶ教材を工夫しようといった子どもの側に立った視点でした。フリーハンドベルの制作やボードベースボールの制作、実践の様子は、子どもたちの笑顔が読みながら浮かんできて、私までつい笑顔になってしまいました。その一方で、自分を突き放して冷徹に自分の言動と子どもの反応を記録していらっしゃることに深い感銘を受けました。
 殊にろう学校での実践はとてもつらい実践でいらしたことと思います。この章は共感とともにこうした悲劇を繰り返さないためにもっとやるべきことがあるのではと考えてしまいました。実際、聾学校教育の現状は今も変わっていないのです。制度的な問題や教員養成の問題など積み残されたままの特別支援教育が発足したために「聴覚障碍児教育」は全国的に見てもまだまだのように思います。山之内先生のように何とか子どもとコミュニケーションをとって子どもに身のある教育をと切に願っている教師の方ほど苦しみ悩むこと多いようです。
 この章を読ませていただき他の障碍との大きな違いがまさに「コミュニケーション障碍」にあるといまさらに実感いたしました。
 昔、あるお母さんが私に「先生、わが子は私と異なる人種なのですね」と言われました。私はまだ若いそのお母さんを「なんと素晴らしい感性」をもった方かと抱きしめたい思いで見つめていました。それは私とそのお母さんが聴こえないと分かった子どもを「手話」で育てようと話し合い、1歳半から子どもに「手話」で語りかけ、約半年ほどたった時に出たお母さんからの言葉でした。私が今から15年前に初めて手話で子ども養育・教育しようと試みた事例の母子でした。2歳の子どもが小さな手を動かして自分の意思をお母さんに伝え、お母さんが同じく手話で子どもにこたえる様子は感動ものでした。
 まさに「聴覚障碍」は「コミュニケーション障碍」であり「情報授受障碍」であるということです。意思疎通ができない、情報が正確に授受できないということは人間関係を築くうえでも非常な困難を生じます。ましてや生まれた時からの聴覚障碍は、日本語習得の妨げとなります。生まれた時から曖昧模糊とした日常生活を送るしかなかった子どもたちが、十分な生活の常識や知識を得ることができなかったのはひとえに彼らにわかるコミュニケーション手段がなかったからだといえます。
 今から20年ほど前に優秀な聴覚障碍者が手話の必要性を説き、「僕たちにわかる教育を、わかる生活を!」と訴えました。それを受けて教育界の中でも少しずつ変化が起こり、「手話」をコミュニケーション手段としてろう教育の中に取り入れるようになりました。そのおかげで聴覚障碍児の大学進学率は上がり、ろう学校でも子どもにわかる授業が少しずつ行われるようになってきました。
 私の勤めている都立大塚ろう学校でも10年あまり前から手話を導入し、乳幼児相談の時から保護者に子どもとのコミュニケーション手段として手話を学習してもらい、手話でのコミュニケーションを基盤として日本語の読み書き教育を行ってきました。その結果、学力が地域の学校の子どもと同等になってまいりました。
 実際、私が携わっている乳幼児相談の2歳児の子どもでも手話で自分がなぜ節分の豆がほしいかを説明できるようになっています。こうした子どもたちと保護者の関係を目の当たりにするにつけても昔の分かり合えない親子関係を思い出し、隔世の感があります。聴こえない・聴こえにくい子どもたちにとってわかりあえる親子関係、分かり合える友達関係、人間関係が築けることは、これから先の人格形成上非常なメリットになることと思われます。
 私は、現在、乳幼児相談の時期に保護者に正しい聴覚障碍についての障碍認識を持っていただけるようにあの手この手で支援しているところです。
 昔、三重苦のヘレンケラーが「もし神様が私の願いを一つ聞いてくださるとしたら、聴こえる耳をくださいとお願いしたい」といったということです。聴覚障碍は明らかに他の障碍とは大きく異なります。このあたりのことを保護者に何とか理解してもらえるように努力をしております。力足らずでなかなか難しいことが多いのですが、子どもたちにとって少しでもわかる育児やわかる教育が受けられるようにしたいという思いから、歳を考えずにやっております。私も70歳を超えてしまいました。少しずつでも理解者が増えて、子どもたちが生きやすい世の中になればと願っております。
 ご本を読ませていただきいろいろと考えさせられることがございました。
 間に挟まれた「閑話」も何度も読み直しています。それぞれに含蓄のある文章で、私たち教育に携わる者は、やはり子ども全体を見ること、いわゆる目の前の子どもだけでなくその子どもの背景まで見つめていかねばと思いました。それは私が今支援している保護者についてもいえることで、その方が今まで送ってきた人生を一緒に振り返ることから始めねばと改めて思いました。最近では個人情報保護法などにより、子どもの真の姿も親御さんの本当の姿も見えにくく苦労しております。膝とひざを付き合わせて互いに心を開いて話し合いができるまで時間はかかりますが、気長に向き合っております。
 これからも困ったときには先生のご本のページを開いて勇気と力とヒントをいただこうと思っています。今回は思いがけずご本をお贈りいただき心から感謝申し上げます。
 ありがとうございました。

 光の春とはいえまだ2月、寒い日もあるのではと思われます。また、年度末のお忙しさも加わり、無理なさいませぬようにどうぞお体をくれぐれもご自愛くださいませ。