TOP 読者の声 戦後ニッポン犯罪史

戦後ニッポン犯罪史

戦後ニッポン犯罪史』 この読者からのお便りは、「戦後ニッポン犯罪史」の著者あとがきの中で展開されている「気違い部落周遊紀行」(きだみのる著)の中の主人公・ピカサンが 「だがよ。村の衆じゃそうも行かねえしよな。とピカサンがしみじみと云う。おらあ去年困ったよ。夕方畑を通りかかったらよ、おらがかぼちゃ畑に人がいるのよ。見ると知らねえ衆じゃなし、歴とした人じゃねえか。おらあ恥ずかしくって足がすくむようだったあ。気づかれちゃ気の毒だんべえ。茶の陰で小さくなっていただよ。何でも好い形の奴を二つばかり持って行かれたが、あんな困ったこたあ、なかったぞや。」  <同書「50 英雄ピカサンは如何にして自己の畑を荒らす男を小さくなって見ていたかについて」より> と回想する場面で、身内の犯罪が如何に見逃され、犯罪が犯罪として成立しないかという<犯罪の心意>を明らかにしようとしたことに対する批評です。(批評社編集部) ■匿名希望(東京都台東区) とにかく、著者の博識・慧眼には驚くばかりで礫川氏には、あらゆる犯罪・事件について執筆していただきたく思います。 「問い」に答えるという形式も問題点をはっきりさせ、それ(事件の本質)に迫るという姿勢が明確になり大変良い形式だと思います。 ただ1点、納得できないのは、329頁〜の「ピカサン」の「心意」についてです。 「知らねえ衆」じゃない人に対してのピカサンの態度は、相手が「身内」ということで、その行為を「許している」からではないでしょうか? 相手に「気づかれる」とお互いに気まずくなるのでピカサンにとってそうなることは、「恥ずかしくて」「困って」しまうので、相手に気かれないように隠れたのではないでしょうか。相手に気づかれてしまうと、ピカサンが相手をとがめようと見逃そうと、相手は「しまった」ないしは「同情」「憐憫」されたということになり気の毒なるからではないでしょうか。(ピカサンはあくまでも相手のことを思いやってそうしている)。 それに対して、350頁〜に列挙されている事件は、周囲の人間・関係者は、の行為を「許して」いるのではなく、「加担」したか、あるいは恐怖心その他の理由で本当はその行為はいけないこと、ひどいことだと思っているのに(許していない)とめることができなかったのではないでしょうか。その意味で、これらの事件にピカサンの「心意」を適用することはできないのではないでしょうか。