TOP 読者の声 学校という<病い>――戦後教育の検証3

学校という<病い>――戦後教育の検証3

学校という<病い>――戦後教育の検証3 ■神奈川県・平井太郎様 21歳(東京・紀伊國屋書店新宿本店で購入) s・ソンダクが明らかにしたように、病いは病原があるから病いなのではなく、病いという状況には、病原が見出される、ということを踏まえた上で、病いと言った時に、それは何が何によって(何のまなざしから)何によって(どうして、どのように)病んでいる、あるいは病んでいるとされるか、を明らかにしなければならず、少なくとも、学校に関わる場合、次の3者が問題にされる。 1)学ぶもの 2)学ばせる人(1)教師(2)教育政策者(3)親 3)それ以外のもの。そして、これらの相互作用によって生みだされたものも問題にされなくてはならない。以上のように考えると「学校という<病い>」は非常に複雑な回路に拘束されており、本書のごとく主に 2)(1)からの視点に縛られ、かつまた、個別問題に対応する形でしか、生産的な言説は生みだし得ない感すらある。ただし、個別分析は別として、2、3もう少し慎重にならなくては、と考えられる点を指摘させていただくと、全ての治療には副作用が伴い、また、それは予測不可能であること、だから、僕たちには、病理を明らかにすることができないし、それ以上、してはならないこと(M.フーコー)、次に、内在的分析は一義的に優れていないこと、たとえば、名医はその得意とする病いには罹っていないように。勿論、1) 2)の人々、特に1)、(1)、(3)の人々にとって、ことは危急であるので、上のように部外者が言うのは、正しくないだろう。だが、A先生のおかげでよかった、と言うより、A先生だったにも拘わらす、よかった、と言ってくれる親、あるいは子のしたたかさこそ、今最も求められている、生きる技術なのではないだろうか?