TOP 現代史を読む エスペラント◆分断された世界を繋ぐHomaranismo

エスペラント◆分断された世界を繋ぐHomaranismo

  • 大類善啓著
  • 価格 1700+税円
  • 判型:A5判、198ページ、並製
  • ISBN 978-4-8265-0723-3
  • 初版発行年月 2021年5月25日
  • 発売日 2021年5月27日

内容紹介文

まえがき

二〇二〇年が始まるとともに、突如降ってわいたような新型コロナウイルスの発生と、その感染状況は全世界を覆い尽くし、その勢いはとどまることを知らず、年を越えても今なお、収束の兆しも見えておりません。
このような世界的な感染状況を見るにつけ、伝染病の問題を含めた環境問題などを考える時、一国の問題、あるいは地域的な課題ではないということが言えるでしょう。航空網の発達による世界の人々の往来は、あらゆる問題が瞬時に全世界的な課題にまで直結するということを、今日ほど切実に私たちに迫るようなことは今までなかったことでしょう。
今後も、これはアジアの問題であるとか、欧州の問題であるとか、あるいはアフリカ地域の問題であるということではなく、いわば世界は本当につながっており、環境問題だけでなく、政治や経済的な課題に関しても、世界的な発想、世界的な規模、いや全地球的な発想で考えなければいけない、ということを私たちに教えているかと思います。
かつてはその解決の糸口を、国際主義的な観点、国際主義精神で見いだせるかのように思っていました。しかし、果たして国際主義的精神で解決するでしょうか。
畢竟、国際主義も国家を前提にしています。国家はその要件として、領土、国民、主権という三つの条件で成り立っています。その中の一つ、領土を巡って国境を接する国家間では、しばしば争いが生じています。戦争と呼ばれるその国家間の争いは、ほとんどが領土問題をきっかけにして発生しています。どのような理想主義的精神で建国された国家でも、常に領土問題が引き金になって戦争が起こっているのが現実です。
その象徴的な例をイスラエル建国に見ることができるでしょう。欧州のユダヤ人たちは長年の放浪、またナチス・ドイツが建てた強制収容所での殺戮など悲惨な運命を辿りました。他の地域に居住していたユダヤ人も差別に苦しんでいました。しかしユダヤ人たちはその放浪と差別に終止符を打つべく、一九四八年、中東のパレスチナの地に念願の国家を建国しました。
しかしその国家は、パレスチナにいた多くのアラブ系住民を武力によって放逐して強権的に成立したのです。それ故、建国直後にアラブ諸国との間で中東戦争が勃発しました。
そもそもイスラエルとアラブ諸国との争いは、第一次世界大戦後、イギリスがイスラエルとパレスチナ住民の双方に、それぞれの国家の建設を許すという二枚舌から生まれました。中東戦争の要因を辿れば、どちらにも都合のいい言説を振りまいたイギリス帝国主義に突き当たります。
ともあれ、イスラエル建国に至るユダヤ人たちのバックボーンになった思想は、〈故郷のシオンの丘に帰ろう〉というシオニズムと呼ばれるものです。そうして離散したユダヤの人々は、シオニズム運動を展開しました。
世界共通語エスペラントを創造したユダヤ人のザメンホフも、当初はシオニズム運動に共感し、ポーランドのワルシャワではそのリーダーになりました。しかしザメンホフは、「このシオニズムはユダヤ民族主義に帰着するものだ。イスラエル建国は、究極的には周辺のパレスチナの人々をパレスチナの地から追い払うだろう。これは離散するユダヤ人たちの真の解決にはならないだろう」と気づいたのです。そしてシオニズム運動から手を引きました。
一体、この世の領土とは何なのでしょうか。大小さまざまな国々で成り立っているヨーロッパでは、近世から今日まで、それぞれの領土は時に大きくなったり、時に小さくなったりしています。
強権的な国家が勃興すると、近隣諸国の領土に侵攻して自国の領土を拡張します。そして国力が衰えたり、戦争で負けたりすると、獲得した領土を返還するだけでなく、以前より小さな領土になってしまうという現象が絶えず巻き起こっています。
かつてユーゴスラヴィアという社会主義を奉ずる連邦国家がありました。その指導者、ヨシップ・ブロズ・チトーはソ連圏を離脱して強い支配体制を築いていました。しかし一九八〇年に死亡すると、国内の民族主義が活発になり、またチトーのカリスマ的な支配体制が崩れて連邦は崩壊の道を辿り、今では六つの国家に分かれています。
世界共通語を創ったザメンホフは、領土問題を始めとする紛争の根底に、人々を特定の国家や民族という集団に帰属するものとして捉える考えがあると見ていました。「私は日本人です」「私はアメリカ人です」「私は中国人です」と捉えるのではなく、「私は人類の一員です」と考える。国や民族という狭隘な考えた方で個性ある個々の人間を括るのではなく、「我々は人類の一員である」という考えの下、この世の大地に生きる一人ひとりの個人を出発点として、この世界を考えていこうという強い決意をもっていました。
ザメンホフの思想である〈人類人主義:HホマラニスモOMARANISMO〉を、彼の言葉で表すと、以下のようになります。
「すべての民族は同等の権利を有する人類の一部であると考え、私はその出生民族によってではなく、その人個人の生み出す価値と行動によって人を判断します。自分とは違う民族であるとか、違った言語や宗教であるとかで人を攻撃したり迫害することは野蛮的行為であると考えます」。
所属する〈国家〉や〈民族〉、〈宗教〉の違いを乗り超えて新しい世界を獲得するために、ザメンホフの思想を少しでも理解する一助に本書がなればと思っています。__


著者略歴
大類善啓(おおるい・よしひろ)
1968年、法政大学文学部哲学科卒業後、欧州、中東、アジアに遊ぶ。その後、週刊誌記者、フリーライターなどを経て、78年初訪中。翌79年より中国との交流に携わり、81年、手塚治虫のアニメ『鉄腕アトム』の中国・中央テレビでの放映業務、2002年、日中国交正常化30周年特別番組〈孫文を支えた知られざる梅屋庄吉〉を企画、テレビ朝日で放映される。
現在、一般社団法人日中科学技術文化センター理事・参与。また、中国ハルビン市郊外の方正県にある日本人公墓(1963年、周恩来総理の認可の下、建立された)の存在を通じて、日本の中国への加害と被害の実相などを伝えていこうと2005年、方正友好交流の会を立ち上げ、理事長として会報『星火方正』を編集発行している。この会報で日本人公墓を知った映画作家・羽田澄子さんが記録映画『鳴呼 満蒙開拓団』を制作、2009年全国で上映される。
著書に『ある華僑の戦後日中関係史―日中交流のはざまに生きた韓慶愈』(明石書店、2014年)、共著に『風雪に耐えた「中国の日本人公墓」ハルビン市方正県物語』(東洋医学舎)、『満蒙の新しい地平線 衞藤瀋吉先生追悼号』978-4-8265-0723-3.jpg(満蒙研究プロジェクト編集委員会編)などがある。


目次

まえがき 3

第一章 エスペラントの創造者ザメンホフとは 13

生まれた町ヴィアリストク 13
多言語が行きかう町 14
人類のために世界共通語を! 16
レフ・トルストイやロマン・ロランも共感 18

第二章 エスペラントは日本へどう伝わったか 20

二葉亭四迷がエスペラントを売り出す 20
エスペラントに魅せられた柳田國男 21
宮沢賢治もエスペラントを学ぶ 23
大杉栄は中国にも影響を与えた 24

第三章 中国とのエスペラント交流 27

魯迅、周作人兄弟とエスペラント 28
文豪のエスペランティスト、巴金の来日 30
熱気に満ちた歓迎パーティー 32 
パーティーでの有吉佐和子の喜びぶり 33

第四章 中国で闘う長谷川テル 36

エスペラントを駆使して闘うテル 38
「売国奴と呼んでください」 40
時代の逆流に抗して 41
民衆を裏切らなかった長谷川テル 42
上海を脱出し南方へ向かうテル夫妻 44
世界的視野を持っていたテル 45
ペンで闘い続けるテル 48
周恩来も称賛したテルの活動 49 
日本の敗戦 49
劉仁の故郷へ出発 51
方的に〝結婚〟させられた劉仁 51
再び佳木斯に向かう二人 52

第五章 彷徨える理想主義者 由比忠之進 54

首相官邸前で焼身自殺して抗議 55
若い頃からエスペラントを学ぶ 56
日本敗戦後、中国残留を望む 57
焼け跡闇市時代に帰国 59
由比、エスペラント学会を訪ねる 60
一燈園に入る 60
名古屋でのエスペラント活動 62
朝鮮戦争勃発 63
抑圧されたソ連圏エスペラント運動 64
「ソ連帝国主義」を告発した由比忠之進 65
原爆被災者を支援する由比忠之進 67
由比忠之進を導いた人類人主義 68
追悼会などは無用 69
由比忠之進の死を悼む 70
「由比の思想は生きている」 72
焼身自殺という行為 73

第六章 清貧な理想主義者 伊東三郎 75

敗戦後五年目に発行された『ザメンホフ』 75
ひとりではなく「共同の力」で 76
二つの学校を中退し農民運動へ 77
埴谷雄高と出会う 78
常に志を高く 80
一体それが何だ! 81
老荘の徒 83
洗いさらした木綿のような人 84
享年六七 早すぎる死 85
「馬鹿いっちゃいかん!」 86
自己変革し続けた人格者 88 /「ウォーッ!」と奇声を発す 89

第七章 アナーキスト 山鹿泰治 91

印刷工として生きる 91
エスペラントにのめり込む 93
キリスト者からアナーキストへ 94
アナーキスト・大杉栄に会う 95
キリスト教から訣別する苦悩 96
「各国のアナーキストと文通したし」―外国雑誌への広告 96
電気工として中国の大連へ 98
中国アナーキズム運動との連携 99
盲目の詩人、エロシェンコの来日 100
エスペラントに共感
した北一輝 101
SATの創立者ランティの来日 103
スペイン市民戦争が勃発し人民共和
国政府を支援 105
戦後の山鹿泰治 107

第八章 「小日本」に抵抗したカリスマ 出口王仁三郎 108

聖師と慕われた王仁三郎 108
エスペラントと大本 110
エスペラントを採用するバハイ教と大本 111
「日本人のスケール」を超えた王仁三郎 113
王仁三郎とは何者か? 大宅壮一、王仁三郎に会う 114
「聖師は平民的な方です」 115
「大本は宗教ではない」 116
人を縛らない教祖、王仁三郎 117
王仁三郎の下から輩出した教祖たち 118
王仁三郎と鎮魂帰神 119
秘かに反戦の意思を伝える王仁三郎 121
放棄した国家賠償請求権利 122
「吉岡発言」で世界平和を発信 123

第九章 大勢に抗して闘う斎藤秀一 125

寺の息子として誕生 125
文学青年として成長 127
エスペラントに取り組む 128
一女を残した短かった結婚生活1 30
闘うエスペランティスト 130
教職を解雇される 132
日本政府の言語政策を批判1 33
時代は暗黒時代へ 134
日中は全面戦争へ 136
エスペラント界の二極分裂 138
招かれざる人ランティの来日 139
日本のエスペラント界を批判する少数派 140

終章 なぜ、エスペラントは普及しないのか!? 143

「エスペラントはまだあるの?」 143
国際会議ではなぜ、英語が話されるのか? 145
「世界=アメリカ」への疑問から 146
エスペラントの持つネットワーク 147
時代を先取りしていたエスペラント 149
エスペラントの理念に世界が近づいてきた! 150
マスメディアの責任はないのか? 152
現代は英語ハラスメントの時代だ! 154
英語ができるのは人類の少数派である! 157
「エスペラント界の閉鎖性を打破したい」 159
若い人たちよ、エスペラント界へ来たれ! 161
エスペラントを使う共同体 162
今こそ、長谷川テルの精神と行動を思い起こそう 165

   *

引用・参考文献 166
あとがき 173
ザメンホフの『第一書』について 193
楽譜『La Tagiĝo』 195
『La Espero』 197__

関連書籍