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「精神医療」93号 特集=旧優性保護法と現代

  • 責任編集=高岡 健+犬飼直子+岡崎伸郎
  • 価格 1700+税円
  • 判型:B5判、128ページ、並製
  • ISBN 978-4-8265-0691-5
  • 初版発行年月 2018年12月20日
  • 発売日 2018年12月25日

内容紹介文

巻頭言
優性思想のゆくえ

高岡 健(本誌編集委員)

2016年7月、相模原殺傷事件(津久井やまゆり園事件)の加害者=植松聖は、「戦争で
未来ある人間が殺されるのはとても悲しく、多くの悲しみを生みますが、障害者を殺すことは不幸を最大まで抑えることができます」と主張した。この思想ならざる〈思想〉を、優生思想と呼びうるかどうかについては、異なる意見がある。同様に、植松は、「重度・重複障害者」に対して「安楽死」による抹殺を実行したと主張していたが、それについても本来の安楽死とはいえないという指摘がある。
優生思想に基づく「安楽死」を、第一段階(「生殖細胞への攻撃」)、第二段階(「胎児への攻撃」)、第三段階(「人間の生命それ自体への攻撃」)の三つに分け、その方法を、延命治療の中止による「消極的安楽死」、麻薬性鎮痛薬等の副作用による「間接的安楽死」、薬剤の注射などにより生命の短縮をもたらす「積極的安楽死」の三つに区分する考え方がある1)。そして、ナチス型安楽死は積極的安楽死に近く、それは安楽死という仮面をつけた「非任意の安楽死」であり、「生きるに値しない生命の根絶」であったという。
この考え方にしたがうなら、植松は、第一・第二段階の抹殺に連続するものとして、
第三段階の抹殺を実行したことになる。また、彼は、「意思疎通がとれない人間を安楽死させます」と明言して殺傷事件を実行したのだから、それはまさにナチス型安楽死としての積極的安楽死といえる。
しかし、優生思想も安楽死も、ナチズムに固有のものではない。それどころか、ここ
では詳述するだけの紙幅がないが、大麻解禁?世界平和?生命の選別という植松の〈思
想〉は、ナチズムというよりは、先進資本主義国における〈リベラル〉のカリカチュアというべき位置を占めると考えた方がいい。
*   *   *
相模原殺傷事件の翌々年、10歳代で優生手術を強制された宮城県の60歳代の女性が、
国家賠償請求訴訟を起こしたと報じられた。これ以降、各地で同様の訴訟がはじまる
とともに、各自治体における強制手術数等も、少しずつ明らかになってきている。そ
うした中、2018年5月27日には、全国優生保護法被害弁護団が結成されたと報じられ
ている。
他方で、時を同じくするかのように、新型出生前診断(NIPT)の実施が、加速しつつ
ある。旧優生保護法の思想と現代のNIPTの思想は、まったく別物だとはいえないので
はないか。相模原事件の植松は、「『現代の医療』では出産前に重度・重複障害者だと確定できないから、生まれた後で殺すしかない」と主張していたが、もちろん、この主張は現実とは異なる。選別は、NIPTのように胎児の段階でも可能だし、さらにいえば着床前遺伝子診断(PGD)のように受精卵の段階でも可能だからだ。
では、私たちはどう考えればいいのだろうか。
*   *   *
日本の精神医療の領域で優生思想が問われたのは、第一に戦前の断種法制定をめぐる
論争においてであり、第二に1970年代の優生保護法改悪反対運動においてだった。加
えて、続く1980年代には、岐阜大学胎児解剖実験批判を契機にして、日本精神神経学
会研究と人権問題委員会が「優生保護法に関する意見」を公表した。しかし、母体保護法の時代になってからの優生思想については、残念ながら検討が不十分なままだったと言わざるをえない。
旧優生保護法と精神医療とのあいだには、いまだ「旧」と呼ぶことの出来ない、きわ
めて現代的な問題が横たわっている。そのような認識のもとに、優生思想をめぐる多様な角度からの論考を、特集として編むことにした。

[文献]
1)佐野誠:ナチス「安楽死」計画への道程.浜松医科大学紀要 一般教育12:1?34,1998


●編集後記
 
旧優生保護法が母体保護法に変わったのは、筆者が精神科医になって10年ほどたったころのことである。精神科医としてのバックボーンが固まる時期であったはずだ。また当時筆者の周辺には、精神医療改革や精神障害者権利擁護の志に満ちて活動していた先輩が少なからずいた。しかし今振り返っても、彼らが旧優生保護法の問題を我がこととして議論するのを聞いた記憶がほとんどない。もう少し上の世代なら、好むと好まざるとにかかわらずこの制度に関わった人が多いはずであったが。あれほど議論を厭わない世代にして、それを憚る空気があったのだろうか。そして筆者もそれ以上掘り下げようとせずについ最近まで来てしまったというのが偽らざるところである。自らの不明を恥じるしかない。
本特集の各論考やインタビューはどれも、単に何かを糾弾するのではなく、我が身を切り刻むように痛切であり、冷徹である。それらを読むうちに深く考えさせられたことがひとつ。優生思想とは、前近代的な、ということはすなわち非人道的とされてきた価値観の残滓、と単純に断罪できないということである。むしろ、社会を刷新し、個人の主体性を旧体制の桎梏から解放しようとする運動の側からそれが導き出されることがあったのではないか。進歩的、革新的、合理主義的・科学的価値観とは、実は優生思想と言われるものからそれほど遠くないところに存在しているのではないか。
もしそうだとするなら、優生思想とはすぐれて現代的な性質をもっており、その時代その時代に文明社会とされるものに突き付けられた永遠の問いと言わねばならない。
私たちは今日、新型出生前診断(NIPT)や着床前遺伝子診断(PFD)という先端的技術を手にするところまで来ている。それらの利用をどこまで法律で許容するかは各国で相当異なり、それぞれの地域に支配的な宗教的倫理観に影響されるところが大きいとされる。
今や「悪しき」優生思想と合理的選択との区別は、その時代その地域に通用する便宜的な線引きでしかないという状況である。
 私たちにできるのは、「よき線引き」を追求することなのだろうか。
それもまた苦渋の歩みである。 (岡崎伸郎)

目次

旧優生保護法と現代


巻頭言●優生思想のゆくえ………………………………………………高岡 健●002

旧優生保護法─今、被害回復を求めて
被害者が声を上げることが社会を変える力……………………………新里宏二●006

障害を持つ女性の立場から………………………………………………安積遊歩●015

優生保護法被害の謝罪と賠償、そして検証と再発防止について
………………………………………………………………………………桐原尚之●023

優生思想と日本の精神医療……………………………………………… 高岡 健●029
優生保護法から母体保護法への改正の経緯
―法改正に至る背景と経過、そして今後の課題…………………… 朝日俊弘●036

インタビュー●旧優生保護法と精神医療
……………………………………………… 岡田靖雄+[聞き手]太田順一郎●043

インタビュー??旧優生保護法と社会
……………………………………………… 市野川容孝+[聞き手]犬飼直子●061

コラム+連載+書評
視点―54●国連恣意的拘禁作業部会への個人通報について
…………………………………………………………………………………………………
山本眞理?079
コラム● 入院の痛みと日常的管理処遇……………………………篠原由利子●086

連載●異域の花咲くほとりに―9
倫理について…………………………………………………………… 菊池 孝●090

連載●神経症への一視角―6
神経症から不安障害へ
―当事者の視点から心因論を再考する………………………………上野豪志●098

連載●―5
精神現象論の展開(5)
………………………………………………………………………………森山公夫●105

書評●『永遠の道は曲がりくねる』
宮内勝典著[河出書房新社刊]………………………………………… 阿保順子●112

特別集中連載●―1
袴田巌さんの主治医になって…………………………………………… 中島 直●116

編集後記………………………………………………………………… 岡崎伸郎●128

次号予告…………………………………………●089
バックナンバーのご案内…………………………●125

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