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やさしい発達障害論[増補新版]

  • 高岡 健著
  • 価格 1700+税円
  • 判型:46判、215ページ、並製
  • ISBN 978-4-8265-0689-2
  • 初版発行年月 2018年11月10日
  • 発売日 2018年11月12日

内容紹介文

はしがき


『夜中に犬に起こった奇妙な事件』という、イギリスで出版された、ミステリー仕立ての児童書があります。この本の主人公であるクリストファー少年は、アスペルガー症候群という発達障害の一種を有しているため、表情を通じて相手の気持ちを読み取ることができません。代わりに、論理と推理によって答えを見つけることは得意です。
著者のマーク・ハッドンは、自閉症者とともに働いた経験をもつライターだそうです。イギリスの新聞に自閉症に関する記事が載るときには、必ずといっていいほど、この本のタイトルが引かれています。それほどまでに、有名な児童書(後に大人向けの本としても刊行されたといいますが)なのでしょう。
私の勤務していた大学でも、高校時代に英語の勉強のつもりで、たまたまこの本を買って読んでみたら、とても興味深かったと話す医学生がいました。また、翻訳が、早川書房の「ハリネズミの本箱」シリーズの一冊として出ていますから、日本でも読まれたかたが少なくないのかもしれません。
ミステリー仕立ての本ですので、この本のストーリーを紹介することは、慎んだほうがいいでしょう。ここでは、クリストファー少年が「世界じゅうの国の名前と首都の名前とそれから七五〇七までの素数もぜんぶ知っている」こと、そのためか、この本の章を表す数字には素数が用いられていることを紹介するだけに、今はとどめておくことにします。
それにしても、アスペルガー症候群を有する少年を主人公とする本が、それほどまでに愛読されている理由は、どこにあるのでしょうか。
『夜中に犬に起こった奇妙な事件』は、児童書そのものとしてすぐれた作品ですから、単に発達障害の啓発といった皮相な読まれかたゆえに受け入れられているとは、とても考えられません。そうではなく、ミステリー仕立ての形式に組み込まれた論理の叙述に、なぜか微笑ましさが含まれているからだと思います。一例を引用してみましょう。
「そのとき二匹のネズミが見えた。それは黒かった、なぜかというと体じゅう泥でおおわれていたからだ。ぼくはいいなと思った、なぜかというとネズミはどんな種類でも好きだから」。
一つひとつに理由が付されています。そして、その理由が、どこかピントが少しずれているようで、可笑しいのです。多少とも経験をお持ちの読者であれば、それらはアスペルガー症候群を有する人と付き合ったときに生じる「感じ」にほかならないことが、思いだされるでしょう。その「感じ」こそが、愛読される根拠の、重要な一部分を構成しているのです。
右に述べた「感じ」とは、言い換えるなら、アスペルガー症候群をもつ人たちが形づくる、文化の反映です。文化は文明とは異なるものです。文明が無意味と断じても、文化は価値を増殖させるものですから。だから、文化が内包されていない文明は、限りなく味気ないものになるでしょう。
文明を豊かにするものが文化です。そして、文化は異なった人間相互を架橋することによって、はじめて登場が可能になります。もし、それが発達障害を有する人とそうでない人との間の架橋を意味するものであるなら、その前提としての相互理解が、すべての出発点です。ここに本書『やさしい発達障害論』を上梓する目的と意義があります。
昨今は、「発達強迫」あるいは「コミュニケーション強迫」とでもいうべき動向が、一部で猛威をふるい始めています。苦手さの克服のみが正しく、空気を読むことだけが善であるかのような風潮です。こうした風潮に支配された文明は、必ず文化を喪失させる結果に終わるでしょう。
だから、本書は、多くの発達指南書とは、一線を画しています。とはいえ、さまざまな「専門的」経験の蓄積を、頭から否定するものではありません。利用できるところは利用する。
私も「専門家」の傍流につながる者である以上、それは当然です。
ぜひ、最後までお読みください。


【著者略歴】

高岡 健[たかおか・けん]
1953年生まれ。精神科医。岐阜大学医学部卒。岐阜赤十字病院精神科部長などを経て、現在、岐阜県立希望が丘こども医療福祉センター。日本児童青年精神医学会理事。雑誌「精神医療」(編集=「精神医療」編集委員会、発行批評社)編集委員をつとめる。
著書に、『別れの精神医学』『新しいうつ病論』『人格障害論の虚像』『殺し殺されることの彼方』(芹沢俊介氏との共著)『自閉症論の原点』(以上、雲母書房)、『発達障害は少年事件を引き起こさない』『精神鑑定とは何か』(以上、明石書店)、『引きこもりを恐れず』『時代病』(吉本隆明氏との共著)(以上、ウエイツ)、『16歳からの〈こころ〉学』『不登校・ひきこもりを生きる』(以上、青灯社)、『やさしいうつ病論』『MHL17 心の病いはこうしてつくられる』(石川憲彦氏との共著)『続・やさしい発達障害論』(以上、批評社)。
編著書に、『孤立を恐れるな!―もう一つの「一七歳」論』『MHL9学校の崩壊』MHL11 人格障害のカルテ〈理論編〉』『MHL14 自閉症スペクトラム』『MHL12 メディアと精神科医』『MHL23 うつ病論』(以上、批評社)、『こころ「真」論』(宮台真司氏との編著)(ウエイツ)ほか。

目次

【目次】

はしがき………3

第一部 やさしい発達障害論………………………………………………11
1・発達障害という言葉……12
2・知的障害の概念が不要だった時代……15
3・知的障害への 「まなざし」……18
4・知的障害の精神医学―?……21
5・知的障害の精神医学―?……24
6・コミュニティケアの利用……27
7・閉症概念のはじまり……30
8・自閉スペクトラム症……33
9・自閉スペクトラム症の四つの社会的関係……36
10・自閉スペクトラム症の原因……39
11・自閉スペクトラム症へのサポート―?……42
12・自閉スペクトラム症へのサポート―?……45
13・自閉スペクトラム症の年・人期……48
14・自閉スペクトラム症と映画……51

15・多動への 「まなざし」……54
16・学習障害―?……57
17・学習障害―?……60
18・特異的発達障害―?……63
19・特異的発達障害―?……66
20・注意欠如多動症の診断……69
21・注意欠如多動症は増えているのか……72
22・多動に薬物は必要か……75
23・多動への対処……78
24・多動と学校……81
25・大人の発達障害……84
26・発達障害者支援法……87
27・特別支援教育……

第二部 特別支援教育と学校…………………………………93

はじめに/「軽度発達障害」―1/「軽度発達障害」―2/特別支援教育の対象―1
/特別支援教育の対象―2/日本での流れ―1/日本での流れ―2/自閉スペクトラ
ム症のサポート/注意欠如多動症のサポート/学習障害のサポート/再び発達障害
者支援法について/専門家とは何か/学校をどう選ぶか/発達は大事なものを捨てて
いく過程/さいごに

第三部 発達障害と少年事件の神話………………………………141

発達障害に関する誤解とスティグマ/「発達障害が事件を引き起こす」 という誤解/
「軽度の障害は取調べや裁判に影響がない」 という誤解/「重大事件には厳罰が有効」 という誤解/おわりに

第四部 自閉スペクトラム症の周辺……………………………………151

1-[エッセイ]自閉症論の原点・再論…………………152
1・映画/2・文化多様性/3・隠喩/4・脳仮説/5・社会脳/6・感覚説/7・再び文化多様性について/8・連続体/9・支援

2-発達障害の「増加」をどう考えるか─医療現場から…………………169
はじめに│発達障害の「増加」とは何か/アスベルガー症候群と「高機能」自閉症概念の社会への侵入/知的障害に埋もれていた自閉スペクトラム症の「再発見」/文化多様性/まとめ

3-[インタビュー]愛着障害の子どもを支えていくために…………………184
愛着障害とは何か/ゆとりある子育てのために/子どもに寄り添う励ましの声を

資料篇
・資料1 発達障害者支援法
・資料2 特別支援教育の推進について(通知)(文部科学省初等中等教育局長)………191

あとがき………211

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