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狂歌絵師北斎とよむ古事記・万葉集

  • 岡林みどり
  • 価格 3500+税円
  • 判型:A5判、272+カラー口絵16ページ、並製
  • ISBN 978-4-8265-0676-2
  • 初版発行年月 2018年4月2日
  • 発売日 2018年4月4日

内容紹介文

葛飾北斎はどのようにして百人一首を27枚の絵に要約したか!?

プロローグ
2011 年3 月から万葉集83 番の「奥つ白波立田山」との出会いまで本書は、百人一首という現行学習教材から、そのもととなった勅撰古今和歌集、さらにそのもとになった万葉集という1000年以上にわたる和歌集に流れる一貫性を追求します。そのために本書は、謎解きの形式をとっていますが、大きくは北斎の「百人一首姥がゑとき」と「万葉集巻一・全84首と関連する歌」を相互に参照するので、万葉集は万葉集、百人一首は百人一首、というそれぞれの中での謎解きではありません。むしろ現在流行の「深読み」と考えてください。でも深読みといっても浅読みを否定するものではありません。たとえば顕微鏡では、焦点深度を変えると様々な図像が得られますが、どれか一つだけが正しいというのではなく、多くの画像から立体像を復元していこうとする方法です。
これは70年を生きてきた姥うばの物語、見方・考え方です。ここで取り上げた多面的な考察は、若い方には納得できない点も多々あると思います。でも、一つくらいは「そーいう意味だったのか!」と膝を打ちたくなる箇所があるはずです。そこから他の和歌にもなじんでいってもらえれば嬉しいです。
このような壮大な展開の必要を感じたのは、2011年の東日本大震災とそれに引き続く大津波によるショックによっています。当座は分からなかったのですが、しばらくして学校で習った百人一首の「末の松山」というのは大津波の記憶を下敷きにして歌い継がれてきたのではないかと気がつきました。それまで、和歌のことはほとんど興味がなかったのですけど、百人一首抄42の歌だから、多くの人が知っているわけで、そうであれば百人一首は抒情歌集だけではなく歴史書でもあったことになります。

【抄42】契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 浪越さじとは
                             清原元輔

そうこうするうちに百人一首の抄10の「これやこの」という奇妙な歌語が万葉集35の阿あ閇べ皇ひめ女みこの歌からとられていることに気がつきました。
【百人一首抄10】これやこの 行くも帰るも わかれては 
              しるもしらぬも 逢坂の関
                        蝉丸
【万葉集35】これやこの 大和にしては 我が恋ふる
    紀路にありという 名に負う背の山
                 阿閇皇女
「これ」というのは、分析哲学の創始者であり、後に平和活動家として知られることになるバートランド・ラッセル卿の中心テーゼ「コレの不在はみとめない」にかかわる重要な一語なので、これが万葉集から百人一首まで引き継がれているのであるならば、万葉集は分析哲学あるいは言語学の教科書として読むべきなのではないかと考えるようになりました。
そしてある時、『葛飾北斎・百人一首姥がゑとき』を見ていたら、「100首」といっていながら27枚しかないのです。葛飾北斎は、おびただしい数の作品を残したことで知られているのに、なぜ27枚なのか? 
なぜ100枚ではなかったのか?
途中で挫折したとの考えも浮かぶが、一枚目から順番に上梓されたわけでもない。
どうしてなのだろうか、と疑問がつぎつぎとわきあがってきました。
それでまず、万葉集の27番を見ましたら天武天皇御製歌なのですが、類書の評判はすこぶる悪く、ようするにダジャレ歌だという。それが天皇御製ということは、やっぱり万葉集は語用論の教科書、それも雅文ではなく俗語の教科書ということになります。万35の「これやこの」も俗語の要かなめです(俗語というのはソシュール言語学でいう共時態、あるいはもう少し専門的にいうと規範言語であるラングに対峙するパロールということになります)。それで北斎さんの27枚を万葉集と関連づけながら徹底的に読み込むという方針が決まりました。

●2011年3月から万葉集83番の「奥つ白波立田山」との出会いまで最後にたどり着いたのが万83で、これは「末の松山」よりももっとすごい大津波の歌です。いったん海が引いて海の底が見えてから大きな白波が立って、猛然と襲いかかってくるといっている。もちろん私自身がテレビで東日本大震災の時の大津波の濁流を見ていなければ理解はできなかったのですが、今ならば、すべての日本人が万83から大津波の教訓を引き出すはずです。
【万83】海の底 奥つ白波 立田山
    いつか越えなむ 妹があたり見む
               長田王
それで万葉集巻一を全部で84首にまとめあげた万葉集の編へん纂さん意図について
も多くの人に理解してもらいたいと考えて本書を上梓することにしました。
それにしても、万葉集を読んでいくと当時の知識人の国際的な視野の広さと人間理解の普遍性に感動することがしばしばあります。百人一首にしてもソシュールの言語理論を先取りしている部分があり、万葉集の棹とう尾び歌かは当時、最先端だった元げん嘉か暦れきをもとにしています。それで和歌の前提にある科学技術についても四章に「江戸時代の先端科学」としてまとめました。
なお、葛飾北斎の「姥がゑとき百人一首」27枚は町田市立国際版画美術館所蔵の絵を、北斎の「西瓜図」は宮内庁三の丸美術館所蔵の絵を拝借しました。ここに記してお礼を申し上げます。


あとがき
2002年にフリーランスになってから日本語について書き溜めてきた文章をいつか発表してみたいと思いながら、読者を想定した作業に入れないままできました。ところが百人一首の蝉丸の「これやこれ」が万葉集35の阿閇皇女の歌から採られていることを知り、さらに北斎の浮世絵シリーズ「百人一首姥がゑとき」がその事実を隠しつつ顕わしていると気がついた時に、やっと単行本に仕立てられるのではないかと思いました。しかし作業ははかばかしくなく、2015年になってようやくカタチができてきたが、まだ読者に届ける自信はありませんでした。ところが幸運にもプロの編集者の助言を得ることができて、2017年の暮れにはなんとか原稿のかたちに仕上がりました。
それでも20年近くに及ぶ日本語論のベースの上に行った古事記・万葉集から古今和歌集・百人一首までの和歌集の一貫性を議論する内容なので読みやすいと自慢できるものにはなっていませんが、読んだ方に一か二つは膝を打ってもらえる発見があるだろうと思っています。
というのは、本書は私自身が原稿を書き進める中で、日本語史や古代史の勉強の過程でぶつかったわからなさを自分なりに深めた結果となっているので、同じような疑問をもって勉強をしてきた人ならば、いくつか共感してもらえると考えているからです。
現在一番強く思っているのは「大化の改新・壬申の乱」という歴史用語によって天武天皇一家の業績がひくく評価されてきたことと、孔子が主張していたわけではないにしても江戸時代の官学であった儒教のもとで涵養された女性蔑視の風潮によって古事記・日本書紀の完成を指撝し、奈良京遷都をやりとげた元明天皇に対する不当な評価によって古事記も万葉集もその真価が見えなくなっていることです。寺社や古代の宝物を適宜解体して補修修復をしなければその輝きが失われるように典籍も時代の垢を拭いさって語句や句あとがき文を1つ1つ直じかに見ていく作業が必要だと思います。それは時代に迎合することではなく、時代を超えた普遍的な価値を発見していくことだと考えます。
本書は和歌についての本ですが、思いきって横書きにしました。というのは私自身の専門が化学で、横書きに慣れていることもありますが論語や千字文などの中国の古典典籍も横書きのものがインターネットで自由に手に入るようになった21世紀には横書きが世界標準になると考えるからです。日本文化は縦書きでないと守れないという人もいますが、そんなことはないと思います。縦書きの文章も行を変えるときには目を横に移動して読むのであって、どのみち目は縦横に動き回るのです。どちらの方向が先かということに過ぎません。というよりも、縦にだけ目を動かせば文章を読んだことになるというのでは、行間を読まなくていいということになります。読書というのは縦にも横にも目を動かして行うべきだし、もっといえば斜めにも、襷たすきがけにしてでも読んでいかなければもったいないと思います。
それにしても目を縦横に動かして文章を読むのは疲れます。本書もそんなに簡単には全体をつかむことは難しいと思います。だったら面白そうなところから読み始めてください。それから次へと移って、また前の方に戻っても楽しめると思います。私自身が万葉集、古今和歌集、新古今和歌集、そして百人一首とあっちこっち飛び回って考えてきたことをまとめたのですから話題があっちこっちと飛んでいるように感じられると思いますが、読書の楽しみは時間をおいてまた古い本に出合うことだと思っていますのでお許しください。
実は、私自身も書きながらも最後までたどりつけるか不安でした。とても一人では最後まで書き進めることはできなかったと考えています。おりおり閲覧したSNSの大勢の方の書き込みにヒントや英気をもらいながら長丁場をのりきりました。それでも針谷順子氏の的確なアドバイスがなければ上梓にはこぎつけられなかったと思っています。感謝しています。


著者略歴
岡林みどり(おかばやし・みどり)
1947年生
1972年 東京大学農学系修士課程(農芸化学専攻)修了
・ポーラ化成工業株式会社製品研究所入社 
・ポーラ化粧品本舗 文化研究所をへて退社
・ 情報処理学会・情報メディア研究会、現代風俗研究会(東京の会)に参画
2002年 会社を早期退職後、東京言語研究所の理論言語学講座を聴講しながら地域の日本語ボランティアの実践をとおして、母語・地口と日英の書記言語の齟齬について省察を重ねる。
   ホームページ;「岡林みどりの唄」 http://midoka.life.coocan.jp/
・「化粧から見た美の変遷」;日本化学会・コロイドおよび界面化学部会での講演;1996 年
・「『女男の理』と『民衆の理論』」など;web報告書多数。

目次

プロローグ
─2011 年3 月から万葉集83 番の「奥つ白波立田山」との出会いまで…………1

第一部
葛飾北斎の「百人一首姥がゑとき」をよむ
第一部の概要
狂歌絵師・葛飾北斎の生きた江戸後期…………10
一章
百人一首・古今和歌集・万葉集…………………………………………………11
1-1●小倉百人一首と百人一首抄……11
1-2●平安時代末における万葉集の再評価と江戸時代の混乱……12
1-3●北斎が生きた時代……14
1-4●天智天皇と天武天皇─日本史は名前の言い替えの歴史……15
1-5●みんな大好きな数字の語呂合わせ・端折り語・略字……16
1-6●「六歌仙」は歌の迷人たち……18

二章
北斎の「百人一首姥がゑとき」は27 枚しかない……………………34
2-1●北斎の27 枚はダジャレや掛け語が満載……34
2-2●藤原定家の歌の抄97(二七枚目)は大伴家持へのオマージュ……35
2-3● 百人一首抄27 は紫式部の曽祖父の歌……36
2-4●万葉集27 番は天武天皇の苦渋にみちた勝利宣言……39

三章
北斎の27 枚を合わせてみる………………………………………………………46
3-1●「絵合わせ」という方法……46
3-2●百人一首は末尾の「つつ」4首でつながっている……49
3-3●合わせ絵?;一枚目と二十七枚目(天智天皇と藤原定家)……54
3-4● 合わせ絵?;絵柄の浪の量感で結ばれた四枚目(山部赤人)と九枚目(参議篁)……55
3-5● 合わせ絵?;北斎の二枚目と十二枚目は帆と裳の形象をかけている……57
3-6●残りの連番合わせ絵(ニ─リ)……58
3-7●連番絵ではない残りの組み合わせ(ヌ─ワ)……74
3-8●二六枚目(大納言経信)をじっくり見る……82
3-9● 27 枚は「西海・山島・東夷」の全体を寿ぐ絵合わせ……83
3-10●「小倉山・奧山」の合わせ絵に込められた真意……85 コラム1 誦文「大為尓」と「イロハ」…………88
コラム1-1●「大為尓」46 文字の誦文文字を読む……88
コラム1-2●イロハ47 文字の誦文文字を読む……90

四章
江戸時代の知識人が知っていた先端科学………………………………94
4-1●古今伝授の完成……94
4-2●説文解字;六書……101
4-3●関孝和と和算……114
4-4●暦についての国学者渋川春海の業績……118
4-5●七曜・六曜・五行暦……124
4-6●地動説の受容と北斎の肉筆画「西瓜」……128

第一部まとめ
北斎27 枚は、阿閇皇女への奉賛狂歌絵シリーズ…………131

第二部
原字でよむ万葉集
第二部の狙い
万葉集編纂の目的を理解するために…………134

五章
万葉集を「語法書」としてよむ… …………………………………………… 135
5-1●阿閇皇女作歌35(=5 * 7)番をよむ?聴覚実在と触覚実在と視覚実在……135
5-2●元正天皇御製歌万4293は万35 への奉和御製歌……139
5-3● 7を鉤語にしてその倍数連の12 首を総攬する……143
5-4●万葉集巻一のハイライトは83 番の「沖つ白波 立田山」……153

六章
万葉集を「道義論」としてよむ… …………………………………………… 157
─漢字の形義をよくみる
6-1●万1をよむ;語る吾と義をになう我……158
6-2●天武天皇御製歌27をよむ;良と好との弁別……167
6-3●勝鹿の真間娘子と葦屋の菟名負處女から伊勢物語24 段へ……169
6-4●日並皇子尊と「虚見津」……178
6-5●木花之佐久夜毘賣と石長比賣……181
6-6●古今和歌集343 番から探る和歌集の一貫性……183

七章
万葉集を「物語論」としてよむ… …………………………………………… 189
7-1●内大臣藤原卿(鎌足)の万95の重要性;八隅と安見……190
7-2●元明天皇御製歌万76(=19 * 4)……192
7-3●但馬皇女作歌3 首;万114? 116……193
7-4●石見における柿本朝臣人麿歌10 首(その1)……195
7-5●いくつもの「ももしき」……204
7-6●遊士は勇士;遊士・風流士とは何か……206
コラム2 和歌伝承における言語論的転回について 2 1 3

八章
万葉集を「正統論」としてよむ… …………………………………………… 223
8-1●元明天皇御製歌・万78(13 * 6)と13の倍数連……224
8-2●石見における柿本朝臣人麿歌10 首(その2)……227
8-3●百人一首における「けふ・けさ」の両対歌と太陽数364……237
8-4●南天の月・北天の槻……243
8-5●古墳から五重塔を経て遠の朝庭へ……249

エピローグ
─万葉集は王権の土台である国語、国土、国史に関する歌物語…………257
●索引…260
●参考文献…262
●付表;古典典籍…263

あとがき…………268

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