TOP 教育・心理 不登校論の研究◆本人・家庭原因説と専門家の社会的責任

不登校論の研究◆本人・家庭原因説と専門家の社会的責任

  • 山岸竜治
  • 価格 2400円+税円
  • 判型:A5判、224頁ページ、並製
  • ISBN 978-4-8265-0672-4
  • 初版発行年月 2018年2月25日
  • 発売日 2018年2月27日

内容紹介文

まえがき


本書は批判の書である。批判以外のことも書かれてはいるが、本書の基本的性格はやはり批判であるだろう。その批判は、主に不登校問題の専門家に向けられている。かつて彼らの多くは「本人の性格や親の養育態度に問題(悪いところ)があるから不登校は起こる」という原因論、すなわち本人・家庭原因説を長期にわたって主張した。おおむね1960年前後から1990年頃までの話である。
本人・家庭原因説は、不登校の当事者─子ども本人やその親─を傷付ける性格の言説である。本書は、専門家によるそのような主張が自制できなかったのかを問うている。ひらたくいえば、私は本書で、不登校の当事者を傷付けた専門家を、人を傷付けたことを理由に、批判した。

本書は、本論3部立て全9章という構成である。
第1部は、わが国で不登校研究が始まる頃までの歴史研究を試みた。第1章では、今日いう不登校の子どもが戦前には存在していなかったのかを問い、第2章では、不登校の子どもがどのようにして専門家による干渉や処遇の対象となっていったのか、そのプロセスを探っている。
第2部では、本人・家庭原因説の主張と放棄について、その理由を考えた。第1章では、教育相談学の専門家を取り上げ文献に基づく事例研究を展開し、第2章では、当時の文部省を焦点化し社会(史)的文脈に照らし合わせながら考察している。
第3部では、わが国の不登校研究の問題点の剔てっ抉けつを目指した。第1章では、不登校を家族病理と捉えていた児童精神医学の専門家を、第2章では、不登校を個人病理と捉えていた臨床心理学の専門家を、それぞれ取り上げて、文献に基づいた事例研究を行った。更に第3章では、教育学へ視点を移し、本人・家庭原因説の立場で実践報告をあらわして教育学界で表彰された中学教師を事例研究している。
これらの詳細が「序論」以下で展開される。

本書は、治療論ではなく原因論を取り扱ったものであるが、もしかしたら、「人の批判ばかりして、あなた自身の不登校論はどうなってるのか。
不登校はこうしたらなおる、というのを答えてみよ」という問いが寄せられるかもしれない。私なりの回答を示しておきたい。
私にいわせれば、「不登校はこうしたらなおる」論は、そういうものがあるという前提に立っている。だが、そもそもこの前提は正しいのか。研究の始まった当初から、不登校問題をめぐっては「こうしたらなおる」論が存在すると想定されているようなのであるが、私にはそうは考えられない。
すなわち、「こうしたらなおる」論はない、というのが私の立脚点である。
人々は─専門家以外の人も含めて─不登校臨床の精神医学あるいは臨床心理学みたいなものがあって、それがどういうかたちで存在するのか、という議論を続けてきた。しかし、そもそもそのようなものが存在するのかどうか、をよく吟味してみる必要があったと思う。
不登校に関して、「こうしたらなおる」論は存在しない、と私は思う。なぜなら、不登校というのは余りにも人それぞれのもの、であるからだ。すなわち、不登校というのは、子どもが長期間学校に行っていないという点を除けば 、実は余りにも不定型なものである。特に重要な点は─そして治療論において致命的に見落とされていると私が思うのは─、人それぞれに本当に様々な人間関係が繰り広がっているという点である。例えば、まえがき 学校に行け(か)なくなったとして、その状態を理解・受容できる人々に囲まれている子どもと、その反対の子どもとでは、日々の過ごしやすさ─呼吸のしやすさ、といってもいい─だけでも天と地との違いがある。その後(転帰)における有利不利も全然違う。
不登校は、いってみれば人の一生のごく前半で起きる「人生の問題」の一種であり、例えば結婚や離婚や再婚や未婚や家族ができる/できないの問題がそうであるように、あるいは就職や退職や辞職や免職や転職や転勤や失業や無業の問題がそうであるように、「運」に左右されつつ、「個性」や「人間的魅力」などの定量化できないものをも含めた余りにも多くの要素・要因・文脈が入り混じり絡まり合うため、実はそもそも科学ないし学問には馴染まない性質の問題だったのではないだろうか。人生の科学というものが可能ではないように、不登校の科学というのも実はそもそも不可能ではなかったのか。
別のたとえで語ろう。恋愛論は存在する。中には卓越したものもある。
しかし、だからといって、卓越した恋愛論にしたがえば誰の恋であっても成就するというものではない。中には上手くいく恋があるが、上手くいかない恋の方が多い─そういうものだろう。それというのも、恋愛なり恋なりが、そもそも「運」に翻弄され「個性」や「人間的魅力」などの絡む「人生の問題」であるから、上手くいったりいかなかったり、そういうものであり......、いや、そういうものでしかないのではないのだろうか。
そして、恋が上手くいったからといって幸せな人生が約束されるわけではないように、不登校ではなくなったからといって満足できる人生を送れるというものでもない─これはニヒリズムではなくリアリズムだ。もちろん逆もある。

不登校は基本的に薬物を必要とする問題ではない。しかし、人(人間)を必要とするものではあると思う。ここを出発点にして改めて考えてみてはどうだろう。
子どもが学校に行け(か)なくなると、大抵の場合、周囲は、専門家のところに連れて行こうとするだろう。そして、その子どもが、医師とか臨床心理士とか、あるいは適応指導教室とかにつながると(有形力を用いる人々は論外である)、ひと安心するものであるだろう。だが、実はここで気をつけないといけないことがあるように思う。
専門家につながることが悪いとはいわない。しかし、ひとりの専門家につながることで、周囲の安心─あるいは油断─もあって、そこで停滞が起こり、いろいろな人との出会いが疎外されてしまうことが起きがちではないかと思う。この点には最大限の注意が必要で、専門家につながっても、そこが、そこからどこにも行けない行き止まりの場であったのなら、事態はよい方へは動き出さないように思う。
サイコセラピー(的なもの)には、そもそも、よくなったら自分たち専門家の専門性のお陰、しかしよくならなかったら当事者の責任(努力不足など)、にできる構造がある。また、専門家は皆、知らぬふりをしているが、治療的枠組みは実は切り離しのツールでもある─専門家にかかるのなら、こういう点に対する注意も必要だろう。

繰り返しだが、不登校に関して「こうすればなおる」論は存在しない、と私は思う。しかし、「どういうことが起きるとよいのか」についてなら、少しだけだが、述べることができる。
それは、よい大人に十分に巡り合うこと、である。よい大人とは、人生の先輩であることを理由に年少者への責任を感じてしまうような人のことである。
そういう大人と十分に巡り合えること─それは多くの「人生の問題」がそうであるように、「運」に支配されるところが大きい。しかし結局それが人生のリアリズムであり、不登校のリアリズムではないかと私は思う。

著者略歴
山岸竜治(やまぎし・りゅうじ)
1966年10月、千葉県四街道市生まれ。1985年3月、千葉県立佐倉高等学校卒業。大学には受からないまま、いわゆるひきこもりになってしまい、精神科外来にかかりつつ1993年度の予備校生活を経て、1994年4月、日本大学文理学部教育学科入学。初年度に休学したため1999年3月、卒業。2001年3月、日本大学大学院文学研究科教育学専攻博士前期課程修了。更に、満期退学、再入学を経て、2008年3月、同後期課程終了。その後、非常勤講師、NPO非常勤職員、労働組合臨時職員、等を経て、2013年4月より日本大学生産工学部准教授。博士(教育学)。精神保健福祉士。日本教育学会、日本社会臨床学会、日本臨床心理学会、日本病院・地域精神医学会、日本児童青年精神医学会、全国養護教諭サークル協議会、等に所属。

目次

不登校論の研究
─本人・家庭原因説と専門家の社会的責任 * 目 次

まえがき 3

序 論 15

1. はじめに 16

1.1. 問題意識 16
1.2. 本研究の性質 17
2. 研究の状況 18
2.1. 全体的状況 18
2.2. 先行研究展望 19
2.3. 研究状況のまとめ 24
3. 課題と構成 25
4. 対象と方法 26
5. 用語について 28
【注】 29

【本人・家庭原因説の具体例】 31

第1部 不登校研究前史展望

序章 42
【注】 43

第1章
不登校は戦後の現象か 44
1. 不登校は戦後の現象か 44
2. 戦前・戦中期のクラスメートの不登校 46
3. 戦前・戦中期の自分自身の不登校 47
4. 戦後まもない時期の自分自身の不登校 48
5. 不登校は戦後の問題ではない 50
6. 「出会い」の時期と「出現・発生」の時期の混同 50
7. 不登校の原因になり得る教師/教師が原因で不登校は起こり得る 52
8. 専門家は子どもたちの心の声を聴き取っていたのか 53
9. 専門家にとっての学校と不登校の子どもにとっての学校 54
【注】 55

第2章
浮き彫りにされた不登校の子どもと関連学会の発足 59
1. 1959 年のわが国で最初の不登校論 59
2. 放縦児:戦前の不登校 61
3. 放縦児と不良児:不登校は大した問題ではない 63
4. 「学校がきらいなら行かなくてもよい」 64
5. 1950 年代後半に絶対的な規範性を帯びた学校制度 66
6. 学校へ行く/行かないをめぐる法的位置付けの不変と社会心情の変化 69
7. 学会?学界の発展と不登校問題の混迷 70
【注】 73
【第1部関連年表】 76

結章 78

第2部 本人・家庭原因説の主張と放棄

序章 82
【注】 84

第1章
学界における本人・家庭原因説の主張と放棄 85

1. 小泉英二への照準 85
1.1.『 児童(青年)精神医学とその近接領域』を用いたスクリーニング 85
1.2. 小泉の変説の典型性、及び専門家としての代表性 86
2. 小泉の本人・家庭原因説の成り立ち 87
3. 小泉は本人・家庭原因説をなぜ放棄したか 88
4. 小泉の非例外性:平井信義との共通 90
5. 小泉の問題点:レトリックと非科学性 92
6. 四日市喘息と不登校問題のアナロジー 93
7. 不登校を公害病とのアナロジーで捉えていた渡辺位 94
【注】 97

第1章補論
なぜ本人・家庭原因説は主張され続けたか 101
─専門家に内面化された学校教育への親和性

1. 臨床家がクライアントを傷付けていた 101
2. 専門家に内面化されている学校教育への親和性 101
【注】 104

第2章文部省による本人・家庭原因説の主張と放棄 105
─社会史的視点からの考察

1. 文部省による本人・家庭原因説の放棄に対する考察の重要性 105
2. 不登校の増加だけが文部省の本人・家庭原因説の放棄の理由か 107
3. 朝倉景樹の先行研究:当事者運動と文部省の変説 109
4. 法務省の動向 110
4.1. 法務省による「不登校児人権実態調査」とその独自性 110
4.2. なぜ法務省の調査は実施されたか 111
4.3. 行政当局が明らかにした「教師や学校も不登校の原因」 113
5. 稲村批判と学校不適応対策調査研究協力者会議の発足 114
5.1. 1988 年の稲村批判 114
5.2. 1984 年及び1987 年の稲村と文部省との深い関わり 115
6. 法務省の調査結果と文部省による本人・家庭原因説の放棄 118
7. ポリティクスとレクイエム 119
【注】 121
【第2部第2章関連年表】 125
結章127

第3部 わが国の不登校研究の問題点

序章 134
【注】 136

第1章
「父性の不在/父親像の弱体化」原因説の盲点 139
─対照群との比較検討の不在化

1. 高木隆郎の不登校論 139
1.1.「 母子関係」から「父性」へ 139
1.2.「 父性の不在/父親像の弱体化」が中心的な原因 141
1.3.「 父性の不在/父親像の弱体化」原因説の主張 141
2. 高木の原因論への疑問 142
2.1.「 父」の問題は不登校に限られていたのか 142
2.2.「 父」の問題は一般的な社会現象ではなかったか 143
3. 高木の不登校研究の問題点 144
3.1. 一般的現象ゆえに不登校にも当てはまったのではないか 144
3.2. 方法的問題点:対照群との比較検討の不在化 145
4. 高木の問題点の学界へのフィードバック 146
4.1.『 児童(青年)精神医学とその近接領域』へのフィードバック 146
4.2. フィードバックの結果:高木の問題点の普遍性 147
5. 「正常対照群」とほとんど差のなかった両親の養育態度 148
5.1.「 対照群との比較検討」を行った1986年の三原ら論文 148
5.2. 三原ら論文への疑問:方法的不備と非論理性 148
5.3.「 父性の不在/父親像の弱体化」原因説の不支持 150
【注】 151

第2章
「肥大した自己像」原因説の行方 156
─英語圏と日本語圏で

1. 鑪幹八郎の不登校論 156
1.1.「 母子関係」から「子どもの自己」へ 156
1.2. 自己像や自己意識の病理が中心的な原因 157
1.3. レーベンタールとの「一致」 158
2. 1970 年代の英語圏における「肥大した自己像」原因説のフェードアウト 159
2.1.「 母子分離不安」原因説から「肥大した自己像」原因説へ 159
2.2. 対照群を用いた「肥大した自己像」原因説の検証 161
2.3.「 肥大した自己像」原因説のフェードアウト 161
3. 日本語圏における「肥大した自己像」原因説の君臨:1963 年? 1990 年 162
3.1. 1966 年の宇津木えつ子による「肥大した自己像」原因説 162
3.2. 鑪?宇津木?村山?玉井?鑪の「肥大した自己像」原因説の主張 164
3.3.「 肥大した自己像」原因説の臨床心理学界における君臨 166
4. 「肥大した自己像」原因説の日英比較考察 166
4.1. 再び「対照群を用いた検証の不在化」という方法的問題点 166
4.2. その他の問題点 167
  4.2.1. 英語文献に対する目配りの甘さ 167
  4.2.2. 根拠に基づかないいいかげんな発言を許す風土 168
【注】 170

第3章
1980 年代の教育学による不登校理解 174
─横湯園子の教育科学研究会賞

1. 教育学と不登校 174
1.1. 教育学による不登校研究 174
1.2. 横湯園子の教育実践と教育科学研究会賞 175
2. 健二の不登校をめぐる横湯の実践報告 176
2.1. 教師による差別の影響が無視できない健二の不登校 176
2.2.「 人格形成の問題」として捉えられ続けた健二の不登校 177
3. 哲也の不登校をめぐる横湯の実践報告 178
3.1. 体罰の影響が無視できない哲也の不登校 178
3.2. 本人の内面の弱さの問題として捉えられていった哲也の不登校 180
3.3.「 学校の問題」には触れぬままの問題解決 181
4. 教育科学研究会による本人・家庭原因説の肯定 182
4.1. 学校の問題か子どもの問題か  182
4.2.「 自我の再構成」という個人化 183
4.3. 評価の理由:「発達と教育」 184
4.4.「 本人の内面の問題」として解決するしかない=「学校の問題」にならない 185
【注】 186

結章189

結 論193

引用文献(放送含む) 195 /本稿関連文献 211

あとがき 212

謝辞 217

索引 220

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