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「精神医療」88号 特集=貧困と精神医療

  • 大塚淳子+犬飼直子=責任編集
  • 価格 1700+税円
  • 判型:B5判、128ページ、並製
  • ISBN 978-4-8265-0668-7
  • 初版発行年月 2017年10月10日
  • 発売日 2017年10月12日

内容紹介文

21世紀の今、ある国や地域では、食糧不足で飢餓に苦しむ人、貧困を背景にした暴
力の支配に苦しみ、生き伸びるために逃げる人や戦う人など、絶対的貧困の状態に置か
れている人々が存在する。一方で、相対的貧困が深刻さを増す国や地域では、新自由主
義政策によりグローバリゼーションが推し進められ、多様な格差の拡大が助長され続け
ている。
リーマンショック後の2008 ? 2009年に、我が国では「年越し派遣村」が貧困の実態
をクローズアップさせた。現在、雇用者に占める非正規雇用の職員、従業員の割合は
37.5%、その内訳は女性が前年比で22万人増の1,367万人、男性は14万人増の648万人、
さらに年齢階級別にみると15 ? 64歳までが1,716万人、65歳以上が299万人となって
いる(平成29年1月末公表、総務省平成28年労働力調査結果)。
福祉現場に就職して間もない1988年、『福祉が人を殺すとき』という衝撃のタイトル
とともに日本の貧困事例とその対応の劣悪さを多数取り上げた本が出版された。その後
2年弱経った2006年5月、50代の男性が餓死しミイラ化した遺体で発見との報道に再
び衝撃を受けた。社会制度がある時代におけるこうした事態の背後には、制度やコミュ
イティの機能不全など現代社会の抱える問題が深刻な状況にある。2008年8月下旬、渋
谷駅で通行人2人が切られ怪我をした事件の報道では、通報で駆け付けた警察官が逮捕
した自称住所不定無職79歳女性が、「所持金もなく、事件を起こせば生活は警察が何と
かしてくれるだろうと思った」と供述していた。最後の砦として期待されるのが福祉で
はなく刑務所と思われていることと、その当時でも人を救えない福祉の状況に対し、非
常に苦しくなったのを覚えている。
さらに年月が経過し、2014年9月には、千葉県銚子市の県営住宅で、家賃や健康保険
料を2年間滞納せざるをえなかった母子家庭において、強制退去執行日に母が娘を殺害
するという悲痛な事件があった。関連報道では、行政の支援の在り方などに言及がなさ
れていた。同年3月には、実母と義父に虐待を受け連れまわされ「居所不明児童」とな
っていた当時17歳の少年である孫が、埼玉県川口市在住の高齢夫婦を、刺殺し現金を
奪った事件があった。少年の実母(殺害された夫婦にとっては娘)が殺してでも現金強
奪をするようにと指示していたことが判明するなど、どうにもやるせない事件である。
少年は精神鑑定を受け、学習性無力感に陥っていたとされたが、裁判の結果、重い実刑
の確定に至っている。木村一優氏には、本件について原稿執筆をいただいた。
2015年11月末には、利根川で起きた親子3人の心中未遂事件が報道された。背後に
介護疲れがあったとされるが、制度利用への躊躇や抵抗が窺えるようであった。これら
痛ましい事件は無くならない。社会保障の充足への課題だけでなく、制度の仕組み自体
や運用による悲劇も少なくない。

憲法が謳う健康で文化的な最低限度の生活保障に関する制度は綻びが随所にあって隠
せない。しかも、自然にできた綻びではなく、明らかにこの間の政府が主導してきた新
自由主義政策によって社会保障を抑制してきた人為的結果と認識されるものである。我
が国の貧困問題の深刻化を打破すべく、対策を訴え、団体を設立し集会を開くなど運動
を進め、連帯して支援を行う人々も増え、警鐘を鳴らす書籍も多く書店に積まれている。
しかし、政策選択の方向性を変えることはなかなか難しそうだ。憲法25条については、
もしかすると既に政府に都合よく改憲解釈されているのかとすら考えてしまう。
本誌で貧困問題をテーマに扱うことは非常に難しそうだが、精神医療の現場で出会う
人々が抱える貧困問題が多々深刻さを呈していることは確かであり、先ずは「貧困と精
神医療」という切り口から、日々出会う人々の支援課題を通して、その背後にある構造
的問題を視る眼を養い、解決のための糸口を読者とともに見出す機会となればと考える。
我々が出会う人々の抱える貧困問題を、精神疾患に罹患し、貧困から脱却しがたい
人々の状況と、現代社会における労働破壊やコミュニティからの疎外により精神疾患に
罹患していく人々の状況と2つに分けて捉えてみる。 

精神疾患を罹患し、貧困の連鎖に絡めとられる人々は、大変に苦しい生活から抜け出
すことが困難な現状にある。生活保護費における医療扶助の半分を精神科入院医療費が
占めるのは周知である。精神科病院在院患者の実態(長期化、家族との疎遠や絶縁、収入源の無さ)は貧困の問題と捉えられる。2016年現在、生活保護の入院日用品費月額は
22,680円、日額にすれば700円強であるが、この額で石鹼や洗剤、下着、衣類などの日
用品を整えなくてはならないため、退屈な入院生活を凌ぐ嗜好品や趣味を優先すれば生
活必需品に回せない。入院が長期化すれば余計に苦しい中、没交渉になった家族に迷惑
をかけまいと、自身の葬儀費用を密かに貯める人がいる。また、地域生活では、2014
年度の就労継続支援B型事業所利用者の全国平均工賃月額は14,838円、運営基準違反
の3千円以下の事業所もある。一般就労を目指す現状はまだまだ厳しい。生活保護制度
における就労可能性に関する意見書記載による生活保護打ち切りや減額を巡るやりとり
も記憶に新しい。本特集で、原昌平氏は、医療を提供する側が貧困者の権利侵害に加担
し貧困ビジネスと呼ぶべき経営があると警鐘を鳴らす。また、熊谷彰人氏と辻本直子氏
からは、精神保健医療福祉現場で向き合う実践において実態を浮かびあがらせ、貧困を
改めて意識化して考える機会を提供していただいている。
特に長期在院患者の退院時には、住まいの確保が入居のための資金確保や保証人の不
在等から問題になることが多い。精神障害のある人に限らず、住まいの問題は、屋根や
寝床のない生活を強いられるハウスレス、家族や共同生活者のいない孤族としてのファ
ミリーレス、どちらも併せてホームレス問題として、深刻である。ホームレスの実態調
査(2014年)によれば、事前の雇用形態が常勤の正社員であった者が50%を超えており、
近年は大手の企業に就職したから安泰と言える時代ではないことに象徴されるように安
定した生活からの「滑り落ち方」は必ずしも段階的ではない。また、精神科医も関わり
ホームレス実態調査を行う民間団体の報告によれば、医療や福祉につながることができ
ないでいる知的障害や精神障害のある人たちの存在も明らかになっている。
近年増えている受診者には、現代社会における構造的格差により貧困と隣り合わせ、
もしくは陥っていく中で精神疾患を病む状況が窺える。働いているのにワーキング・プ
アと称される非正規雇用の問題やブラック企業の問題もクローズアップされている。非
正規雇用やIT化による多様な雇用形態、単身世帯および一人親世帯増など家族構成の
変化、加えて日本は少子高齢化、人口数の地域差など、現代における貧困の構造的な問
題である。
2017年のアメリカのトランプ新米大統領の誕生および早々に発せられた中東7か国
の移民入国規制等の大統領令の背後には、グローバル化による国内経済格差や貧困に対
する政策などの問題がある。また、2月に世界に衝撃が走った北朝鮮支配者のファミリ
ー暗殺事件も背後には北朝鮮国内の深刻な経済状況と政治支配の問題がある。
日本に目を戻すと、昨年末に大手企業の新人職員過労自殺をめぐり大きな世論が喚起
され、「働き方改革」が政府方針に挙げられている。3月に解禁した2018年向け就職活動
では「お金より楽しく充実した職場がよい」と就職先を探す学生の声が目立っている。
実際、教育現場に身を置いてみて見渡すと、経済的事由による休学や中退、重く圧し掛
かる奨学金返済、既に家庭内でケアラーの存在となり学業と家事や家族ケアで日々一杯
となっている学生などが目につく。座談会に参加くださった雨宮処凛氏、渡辺寛人氏、
森川すいめい氏が、こうした労働破壊や効率優先主義の現状について語ってくださって
いる。

日本で初めてとなる『子どもの貧困白書』が出版された2009年に、政府は相対的貧困
率を公表(総務省)以降、厚生労働省の国民生活基礎調査における3年ごと大規模調査
の際に統計を取り公表している。相対的貧困率(貧困線に満たない世帯員の割合)は、
厚生労働省「国民生活基礎調査」では2012年16.1%、子どもの貧困率は同16.4%である。
同年の貧困線(等価可処分所得の中央値の半分)は122万円(実質値)となっており、「子
どもがいる現役世帯」(世帯主が18歳以上65歳未満で子どもがいる世帯)の世帯員につ
いてみると14.6%、うち「大人が一人」世帯員では50.8%、「大人が二人以上」世帯員で
は12.7%であり、一人親世帯(中でも母子家庭)が苦しいことがわかる。他にも女性高
齢単身世帯や障害・疾病を抱える世帯の苦しさが明らかになっている。2013年には「子
どもの貧困対策推進法」が成立し、翌年には「子供の貧困対策大綱」が定められたが、
政府が公的財源を確保して対策に当たるわけではなく、民間資金の調達による事業展開
となっている状況がある。そもそも、同時期に政府が行った生活保護基準の引き下げは、
保護受給の子育て世帯を直撃する形となっている。生活保護基準の引き下げは年金生活
者の給付基準や諸手当等に大きな影響を与えていて、矛盾である。片方で貧困に拍車を
かけておき、もう一方で学習支援や子ども食堂などの事業展開によって、子どもを貧困
の連鎖から救おうというが、貧困を生み出す構造や、セーフティネットに綻びを生む政
策自体の見直しをしないままでは、抜本的な解決にはならない。子どもたちのいじめや
陰湿な事件が相次ぎ、社会に暗い影を落とすが、地域社会が子供たちの育成に関わって
いないような状況と結果と言える。子どもたちが頼るべき人や場所がない地域の貧しさ
を問題にしないといけない。本特集では、高校教育の現場からみた貧困について、鈴木
敏則氏に執筆をいただいている。
この間、生活保護法の「改正」や生活保護基準の引き下げが続いている。生活保護の
給付は最低限度保障基準であるので、他の制度による経済給付額を超えては可笑しいの
だと、どんどん引き下げられているが、本当に可笑しいのは、比較する生活水準の低さが問題にならないことと、問題にしない政治である。
貧困の背景や要因、結果のすべてに精神医療が関与するわけではなく、必要な場合の
支えとなることにもまだ多くの課題があるが、重要なことは、貧困は相対的?奪と関連
し社会からの疎外状況すなわち関係性の貧困に陥りやすいということである。彼らの多
くが声を上げられないでいる「サイレント・プア」と呼ばれる孤立した状況に置かれ、
深刻な事態に陥りかねないことは看過できない。多くの報道で知ることになる餓死事件
や、生活のためと刑務所の入所を希望した人が起こす事件など、詳細を追ってみると、
社会制度の不備やコミュニティの機能不全など現代社会のあり方が引き起こす貧困の結
果と言え、個人の責と帰されるものなどではない。現在、わが国では単身者世帯が4割
近くに上り、既に家族が支え手の筆頭にはならなくなってきている中、支えあう地域づ
くりは必須である。
公助が次第に厳しくなる中、国は「地域共生社会」の実現に向けて、≪公的支援の『縦
割り』から『丸ごと』への転換≫≪『我が事』・『丸ごと』の地域づくりを育む仕組みへの転換≫を新たな政策理念として掲げて動き出している。生活困窮者自立支援法改正に向け
た検討や生活保護基準の検討なども、当該の理念下で着手されている。真の共生社会に
向けた地域包括ケア体制を創っていけるのか? 貧困問題の視点からも問われる。
わが国では、社会保障改革という名の社会保障抑制が続くが、財政難を口実に自助・
互助・共助を声高に叫び、国民の反論を封じ込めつつ公的責任を後退させ続ける。一方
で、社会経済状況と健康格差に関する研究やデータは国内外で明らかにされつつある。
経済学者のデイビッド・スタックラーと医師のサンジェイ・バスが著した、『The Body
Economic: Why Austerity Kills』(『ザ・ボディ・エコノミック:緊縮財政がなぜ人を殺す
のか』2013年発刊。邦訳本が『経済政策で人は死ぬか?』というタイトルで2014年に草
思社から出版されている)がある。例えば、緊縮政策を導入以来、欧州と米国で自殺者
が1万人以上、うつ病患者は最大で100万人増加し、公衆衛生費を40%削減したギリシ
アではHIVの感染率が200%上昇し、1970年代以来初めてマラリアが発生したなど、
世界中で緊縮財政政策が健康に及ぼす影響を比較検証している。本特集でも、総論とし
て、社会経済状況が健康格差に及ぼす影響について、近藤克則氏・亀田義人氏にお書き
いただいた。
今回の特集を通して、我々が精神医療の現場で出会い向き合う「貧困」の現状を改め
て知り、公的責任による社会保障の後退が続く中、精神保健医療福祉の現場で、排除の
進行や格差の拡大阻止に向けて、どのような視点を養い、何を成し得るか、読者と共に
考える機会としたい。
<参考文献>
『ここまで進んだ!格差と貧困』稲葉、青砥、唐鎌、藤田、尾藤ほか2016.4、新日本出版社
『貧困の現場から社会を変える』稲葉剛、2016.9、POSSE叢書
『一億総貧困時代』雨宮処凛、2017.1、集英社
『その島のひとたちはひとの話をきかない?精神科医「自殺希少地域」を行く?』森川すいめい、2016.7、青土社
『経済政策で人は死ぬか?公衆衛生学から見た不況対策』デヴィッド スタックラー・サンジェイ バス 著,橘明美・臼井美子(翻訳)2014.草思社)

目次

特集=貧困と精神医療

巻頭言 貧困と精神医療………………………………………………………… 大塚淳子?002

座談会?人間性を壊す貧困に精神医療はどう向き合うのか
……………………………… 雨宮処凜+森川すいめい+渡辺寛人+[司会]大塚淳子?010

―健康格差―貧困と精神医療
………………………………………………………………………… 進藤真則・亀田義人?031

強要された依存関係
―いわゆる川口老夫婦強盗殺人事件と学習性無力感………………………… 木村一優?041

貧困高校生の実態知っていますか
……………………………………………………………………………………… 鈴木敏則?048

「貧困と精神医療」その周辺の断章
……………………………………………………………………………………… 熊谷彰人?055

精神疾患や精神障害のある人の貧困問題
……………………………………………………………………………………… 辻本直子?065

「貧困ビジネス」としての精神医療
…………………………………………………………………………………… 原 昌平?074

コラム+連載+書評

視点―49?「精神保健福祉法」を再考する
……………………………………………………………………………………… 田村綾子?083

連載?異域の花咲くほとりに―4
うつ病について(2)
……………………………………………………………………………………… 菊池 孝?090

新連載? 神経症への一視角―1
神経症から不安障害へ
―疾患概念の転換に伴う偏見の意識化(その1)
……………………………………………………………………………………… 上野豪志?098

コラム? ソーシャルワーク実践における今そこにある息苦しさ
…………………………………………………………………………………… 鶴 幸一郎?104

書評?『シャーマニズムと現代文化の病理精神科臨床の現場から』
久場政博著[弘文堂]……………………………………………………………森山公夫?110

紹介?『精神医療の危機―その背景と新たな道』
氏家憲章編著 上野秀樹 増田一世著[ やどかり出版]         …………………………………………東  修?114

投稿? 認知症とその周辺と看取りについて
……………………………………………………………………………………… 越智裕輝?116

編集後記……………………………………………………………………………犬飼直子?126

次号予告…………………………………………?125

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