TOP [雑誌]精神医療 「精神医療」86号 特集=相模原事件が私たちに問うもの

「精神医療」86号 特集=相模原事件が私たちに問うもの

  • 太田順一郎+中島 直責任編集
  • 価格 1700+税円
  • 判型:B5判、144ページ、並製
  • ISBN 978-4-8265-0661-8
  • 初版発行年月 2017年4月10日
  • 発売日 2017年4月10日

内容紹介文

【巻頭言】...太田順一郎

2016年7月26日、神奈川県相模原市の障害者支援施設において殺傷事件が発生した。
本号が発行されるのは2017年4月だから、すでに事件発生から9か月近くを経過していることになるし、この巻頭言を書いている時点で事件はすでに7か月前の出来事となっている。この事件(相模原事件と呼ぶことにする)に関連した報道がメディアで取り上げられることも一時に比べればかなり少なくなった。しかし、この7か月の間、この事件は私たち精神医療関係者の頭から離れなかったと思う。
事件が発生した直後、私たちはこの事件の悲惨さに大きな衝撃を受けた。46人が襲われ傷を負わされたということ、そのうち19人が命を奪われたということ、そして彼らはおそらくほとんど抵抗らしい抵抗をすることもなく殺されてしまったのだろうということ。悲惨な出来事に対して鈍感になってしまっている私にさえ、重苦しいものを飲み込んでいるような強い身体的反応が起きたことを覚えている。
続く報道により私たちは、この事件の被疑者が事件前に衆議院議長に宛てて書いたという手紙の内容を知り、事件前の被疑者の言動の一部も知るようになる。そこに顕れている被疑者の障害者に対する激しい差別意識を、その障害者施設で働いている間に被疑者が次第に抱くようになったこと、その差別意識が被疑者の思考の中では、施設収容者の大量殺害と容易に結びついてしまったこと、そして被疑者は自分が犯そうとしている恐るべき犯罪行為が、国家によって容認され、国家によって自分が許されるだろうと(本気で?)考えていたらしいことを知るようになる。それは非常に恐ろしいことであると同時に、とても奇妙なことに感じられた。被疑者の手紙に書かれていることの一部は荒唐無稽で、失われた19の命との対比には、読んでいる私たちの方が現実感を失ってしまいそうになる。
その後精神科医としての私にとってこの事件は、一方でナチスドイツのT4作戦によって20万人の障害者が殺されたときのドイツの精神科医たちが果たした役割を思い出させ続けるものとして、また一方で自分が日々関わっている現実の精神科医療に非常に直接的な影響を及ぼすものとしてこの7か月間頭から離れなくなってしまった。政府は事件後厚生労働省を中心に、「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」を立ち上げて、この事件の「検証」と「検討」を行うことにしたのだが、このチームが事件の4か月半後に公表した最終報告書はそのまま法律の改正に組み込まれていくことになる。
わが国の精神科医療のあり方は、法制度の側面から言えば精神保健福祉法という法律によって規定される部分が最も大きい。精神保健福祉法は前回は平成25年に改正されて翌26年に改正法が施行され、3年後の平成29年頃の次回改正が予定されていた。この次回の法改正をにらんで政府は平成28年1月に「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」を立ち上げ、そこにおける議論を平成29年度に予定されている精神保健福祉法の改正と、その翌年度平成30年度に予定されている医療計画、介護計画、障害福祉計画の見直し、そして診療報酬改定などに反映させるというスケジュールが予定されていた。この検討会が始まった平成28年1月の時点では、おそらく今回の精神保健福祉法改正は医療保護入院の決定において、3年前に保護者制度を廃止して家族等の同意を始めて以降なぜか使いづらくなってしまった市町村長同意を、あらためて使いやすいものにするような制度修正を加える以外は、それほど大きな変更は行われないのではないか、とも考えられていた(そう考えていたのは私だけかもしれないが)。
ところが、平成29年の精神保健福祉法改正は、この検討会発足後に起きたこの悲惨な事件と、その前年に起きていた精神保健指定医資格の不正取得に対する対応の必要性、という2つの事項によって予想とはやや異なった方向に進み始めることになる。平成29年2月中旬に政府が示した精神保健福祉法改正の素案には、当初予定されていなかった措置入院制度に関する大幅な変更と指定医取得に関する修正・変更が書き込まれることとなったのである。前者はもちろんこの相模原事件の影響であり、相模原事件の被疑者が事件を起こす5か月前に精神科病棟に約2週間措置入院という形態による入院を行っていたという事実によって引き起こされた事態である。被疑者が措置入院をしていたという事実に基づいて、「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」は平成28年12月、このような犯罪を防ぐために措置入院後のフォローアップ体制を強化するための法改正を提言する報告書を公表し、これを受けて「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」は翌平成29年2月に措置入院制度の改正についてはほぼ同様の改正を求める報告書を提出した。そして、これら一連の報告書の内容を反映した精神保健法改正素案がその直後に公表されることになったのである。
改正法の素案を提示するに当たって、政府は「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律案の概要」を示し、その中で今回の法改正について「改正の主旨」を以下のように述べている。「相模原市の障害者支援施設の事件では、犯罪予告通り実施され、多くの被害者を出す惨事となった。二度と同様の事件が発生しないよう、以下のポイントに留意して法整備を行う。」ここでは、今回の法改正の主眼目が保安であり、犯罪の防止であることが明言されている。不思議なのは、この一文に続くのが「医療の役割を明確にすること―医療の役割は、治療、健康維持推進を図るもので、犯罪防止は直接的にはその役割ではない。」という文章であることだ。この2つの文章が続いて登場することの滑稽さを、この「概要」の作成者は分かっていないのかもしれないし、その滑稽さを十分に理解した上でこのように述べているのかもしれない。
これまでわが国では、いやわが国だけでなく多くの国で、精神科医療は保安的役割を負わされてきた。強制入院の要件をポリスパワーに拠っていると理解されがちな措置入院制度は、医療観察法ができるまでは常にその代表であったろう。それでもこれまで措置入院制度は、運用によって比較的ポリスパワー的なニュアンスだけでなくパレンスパトリエ的な性格も併せ持っていると捉えられることも少なくなかったのである。今回の改正法案には、その第2条にそれまでなかった第2項が加えられて、「精神障害者に対する医療はその病状の改善その他精神的健康の保持及び増進を目的として行われるべきものであることを認識するとともに」と、精神科医療の目的が明示されることとなった。
犯罪防止を目的とした今回の法改正において、このような文言が書き込まれたことはなんとも皮肉なことだと言わざるを得ない。
精神科医療に携わる精神科医としては、どうしても措置入院後のフォローアップを中心とした法改正の動きが、精神科医療が保安の道具として利用されかねない事態が気になってしまう。しかし、相模原事件が私たちに問うているものは、それだけではない。
私は今回の事件をヘイトクライムと捉えており、また優生思想の問題だとも考えているが、それは決して私たちの思考から遠くにある思想ではない。医療者にとっては安楽死や尊厳死は日常的なテーマであり、これらのテーマは優生思想とそう遠くないところにあるはずだ。
そして、今回の事件は、事件被害者の方々が置かれていた状況のことをあらためて考
えるように私たちに求めている。被疑者の歪んだ考え方は、当然被疑者に帰されるべき
ものであるが、そのような歪んだ考え方が作り上げられていくとき、彼の眼には彼の前に居る入所者たちがどのように映っていたのか。
今回の特集の中で、座談会は精神科医4人によるものという、非常に偏った構成となった。論点の拡散を防ぐためやむを得ないことであったが、相模原事件が私たちに問うているのは、狭い精神科医療だけの問題ではない。この特集が全体として、相模原事件が私たちに問うているものを広く明らかにしてくれることを願っている。

【編集後記】...中島 直

批判するのは比較的簡単である。「検討チーム」の報告書は措置入院の問題ばかりに焦点を当て、しかもより長期の入院を目指すなど改悪である。相模原事件はヘイトクライムである。優生思想に貫かれている。一方で人里離れたところにある巨大障害者施設の存在は問題である。被害者の実名報道がなされないのもおかしい。もちろんこうした言説を、きちんとした文脈で語ることには充分に意義がある。
 しかし、問われているのは我々ではないか。専門家として矛盾とどう向き合っていくのか。生活者として差別の問題とどう折り合いをつけていくのか。
 筆者自身の体験を語ることを許容されたい。学生時代に障害者運動に触れ、青い芝の思想を知り、全障連の関係から車椅子障害者の介護にも入った。自己否定の思想も知った。「内なる差別」という考え方にも触れた。障害者の裁判に関わった。差別の糾弾という運動を知った。悩んだ(主観的にはそのつもり)末に、高い専門性と実践力を持った専門家を目指すべきだと考えた。努力と能力の不足のゆえにそれは充分達せられているとは言えないが、目標だけは維持してきた。今回のような事態があると、制度や行政の動きの問題に注目しがちであるが、それでは自分はどうなのか、という思いもどこかにある。そして、「共生」とは何か、具体的にどういう状態なのか、あるいは不断の運動なのか。
 この思いを持ちながら、自分の座談会の発言の校正をしつつ、不充分さに驚愕している。他の参加者の深い問いに応えていない。
 しかし、編集者としては、他の執筆者の方々の内容に救われる思いである。この事件にまつわる言説は少なくないが、本誌らしい特集ができたと自画自賛している。
 「報告書」は出て、残念ながら措置入院の改変も進みそうである。
しかし、この事件が問うているものは終わっていない。


目次

特集=相模原事件が私たちに問うもの

巻頭言?相模原事件が私たちに問うもの… 太田順一郎

座談会?相模原事件が私たちに問うもの…井原 裕+平田豊明+中島 直+[司会]太田順一郎

行為における自由意志と責任―相模原事件に関する河合幹雄氏の諸論を批判的に検証する…野崎泰伸

接点はどこにあるのか… 松永真純

相模原事件を受けて、これからの策動にどう抵抗するのか… 桐原尚之

美しい日本―相模原事件について… 富田三樹生

当事者の立場から考える自立とは… 熊谷晋一郎

共に生きる社会を築く難しさを内にみつめて… 大塚淳子


コラム+連載+書評
視点―47?ギャンブル依存症に関する私見―依存症概念との決別… 河本泰信

連載?異域の花咲くほとりに―2
コンピューターが人間に勝てない理由について… 菊池 孝

短期連載?―2
国家の意志と精神保健福祉士のポジション―メンタルヘルス戦略システムの調整装置としてのPSW… 古屋龍太

コラム? 私の半生… 奥野洋子

書評?『もうひとつの「帝銀事件」―二十回目の再審請求「鑑定書」』
浜田寿美男著[講談社刊]… 中島 直

書評?『未成年』
イアン・マキューアン著(村松潔訳)[新潮社刊]…田中容子

書評?『もういちど自閉症の世界に出会う―「支援と関係性」を考える』
エンパワメント・プランニング協会監修/浜田寿美男・村瀬学・高岡健編著[ミネルヴァ書房刊]… 広沢正孝

編集後記…中島 直

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