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戦国河内キリシタンの世界

  • 神田宏大・大石一久・小林義孝・摂河泉地域文化研究所編
  • 価格 3000+税円
  • 判型:A5判、352ページ、並製
  • ISBN 978-4-8265-0647-2
  • 初版発行年月 2016年8月10日
  • 発売日 2016年8月12日

内容紹介文

戦国時代、河内飯盛城(大阪府大東市、四條畷市)を拠点に政権を掌握した三好長慶(みよしながよし)は、1564年(永禄7年)、配下の有力武士73人のキリスト教の洗礼を認める。ここから河内キリシタンは繁栄し、大きな広がりをもつ。
ここから宣教師フロイスが『日本史』で描く、織田信長、豊臣秀吉とキリシタンの世界が広がってゆくのである。
本書は、河内キリシタンにはじまる戦国時代のキリスト教の歴史を当時の社会や政治のなかで多角的に考える。
河内キリシタンについて早くから注目し、広く市民にその歴史を語ってきた神田宏大牧師(2016年6月召天)の著作を第1編「河内キリシタンの繁栄とその広がり」とし、第2編「河内キリシタンの世界」では関西のみならず関東、九州の研究者による最新の研究成果をまとめたもので、本書によって戦国時代のキリシタン史、さらには宗教史が書き改められるであろう。

【本文より】

はじめに

小林義孝

本書は、広く市民、信徒のために書かれた神田宏大の著作(第・編)と河内・近畿のキリシタンについての最新の研究成果をまとめた小論文(第・編)からなっている。
神田は、ルイス・フロイスの『日本史』の記述などによって河内飯盛城が所在する飯盛山の麓、現在の大東市、四條畷市の地が、戦国時代の初期キリシタンたちの聖地であったことを知り、そのことを広く伝えるために多くのエッセイを書き、著作をまとめた。ここにはその代表的なものを掲載した。これらの作品は河内キリシタンについての入門としての役割ももつ。
第・編の諸論考は、二〇一〇年に摂河泉地域文化研究所が主催した河内飯盛城にかんするシンポジウムの第一回、「波濤を越えてローマからはるか河内へ──飯盛山城と河内キリシタン──」を契機にして始まった河内キリシタンについての研究の成果のエッセンスである。
「キリシタンと戦国時代の河内・畿内」の三編は第・編の総論である。三好長慶が河内飯盛城で配下の土豪など七〇数人の集団受洗の意味にはじまり、キリシタンの存在形態や民衆とのかかわりなど多角的に論じる。
河内キリシタンは飯盛城周辺にあまねく存在したのではなく、都市的な場を基盤として面ではなく点として存在したことが明らかにされる(仁木論文)。三好政権に組織された国人や土豪たちの紐帯としてキリスト教が位置づけられたことなど、飯盛城での集団受洗の意味を考える上で重要である(天野論文)。また、近畿から各地へ移動した上級武士のキリシタンと在地の人々の関係など(中西論文)、興味深い多くの論点が指摘される。
「河内キリシタン」の五編によって、河内キリシタンの世界を、遺跡、景観、人、遺物などから描く。
飯盛城跡周辺には河内キリシタンに関する遺跡が残り、フロイスの『日本史』などの記述と重ねあわせることが可能である(村上論文)。モンタヌス『日本誌』の堺の図は、実際の堺の風景とはまったくことなっている。アジアの都市の姿を下敷きにした想像図であるといわれる。しかしこの図は深野池と三箇島、飯盛山の風景とみることもできる(鹿島論文)。
発見されている最古のキリシタン墓碑は四條畷市上田原で出土した田原レイマンの墓碑である。その出土のあり方、また周辺の石造物資料から、飯盛城周辺のキリシタンの世界は限定的で伝統的な信仰の世界と共存していたことを述べる(小林論文)。
九州島原のセミナリオの資料からそこで学んだ河内出身のキリシタンの出自を追求し(小谷論文)、河内キリシタンのもうひとつの拠点である烏帽子形(河内長野市)の実態を整理する(尾谷論文)。
本書で論じられた問題以外にも河内の地域において考えなければならない河内キリシタンについての課題はまだまだ多い。
「キリシタン墓の流れ」の二編は、キリシタン墓についての最新の成果である。
隠れキリシタンの村、茨木市千堤寺では、小単位のキリシタン墓地が複数発見された。中世からの系譜、そして近世への連続など興味深い成果である(合田論文)。
明らかにされた長崎の禁教期のキリシタンの墓の実態は、当時のキリシタンの信仰のあり方のみならず、江戸時代のキリシタンの葬墓制を考える上で示唆的である。千堤寺のキリシタン遺物を副葬した近世墓との違いの意味を考えなければならない(大石論文)。
「河内からのキリシタンの広がり」の三編は、京都、天草そして関東・東北へのキリシタンの広がりについて整理する。
京都でのキリシタン墓碑が京都という場との関わりで整理され。河内や摂津のそれとのあり方の違い、さらにそれを担った修道会の違いなどについてふれる(丸川論文)。
河内から遠くはなれた天草で活躍する河内キリシタンたち、三箇マンショや結城弥平次など耳慣れた名前の人物が何人も登場する。彼らは河内キリシタンの存在を列島規模で考えるきっかけとなった(中山論文)。
近年の調査事例から次第に明らかにされる関東・東北のキリシタン資料について整理する(今野論文)。キリシタン墓碑が東日本では造立されなかったのか、など今後追求しなければならない課題が多い。
最後に「河内キリシタン探求」の二編では、キリシタン墓碑研究の今後の課題が提起されるとともに(大石論文)、二〇一〇年以降の河内キリシタンの研究の歩みを整理する(小林論文)。
川村信三氏、仁木宏氏、中西裕樹氏、天野忠幸氏らによる河内や近畿のキリシタンについての近年の研究は目を見張るものがある。それに触発されるように本書に掲載したような多くの研究が生まれている。本書は、河内のみならず戦国時代のキリシタン史研究の最先端に位置していると自負している。
また同じく河内飯盛城のシンポジウムの第五回までの総括のために刊行した仁木宏・中井均・中西裕樹・摂河泉地域文化研究所編『飯盛山城と三好長慶』(戎光祥出版、二〇一五年)にも河内キリシタンに関する重要な研究が掲載されている。併せてご覧いただきたい。

なお、本書では「飯盛山城」と「飯盛城跡」の二つの表記が混在している。城郭研究や考古学では飯盛山城が使われてきた。そして行政機関の文化財分布図における表記はもとよりいろいろな場面で両方が使われてきた。
飯盛城跡の国史跡指定への動きの中で、今後は「飯盛城跡」で統一しようという動きはある。本書の各執筆者へはこのことをお知らせしたが、従前の研究の引用など一元的に整理できない状況である。本書でも二つの表記がみられる。読者各位にはこの点留意いただきたい。
また、本書の年号表記は、前近代については元号(西暦)の形で統一したが、ヨーロッパに送られた宣教師の書簡などはこの限りではない。また、近代の年号表記については各執筆者による。
ヨーロッパや海外の人名や地名の表記についても各執筆者の表記を尊重している(例:ザビエル⇒ザヴィエル)。

【編者略歴】
編者紹介
神田宏大(かんだ・ひろお)
単立・野崎キリスト教会牧師。関西聖書学院講師。キリスト教の宣教につとめながら河内キリシタンの歴史を掘り起こし、ラジオ放送、講演、執筆などで河内がキリシタンの聖地であることを検証する。2016年6月召天。

大石一久(おおいし・かずひさ)
長崎県立高校教諭、長崎県文化振興課、長崎歴史文化博物館を歴任。日本石造物研究会副代表。中世の日引石塔研究を通して近畿から九州・東北に至る中世の海道・日本海ルートを解明するなど中世石塔研究の専門家。近年はキリシタン墓碑の全国的な調査を行い『日本キリシタン墓碑総覧』(南島原市発行)を編集・執筆するなどキリシタン墓碑研究を精力的に行っている。

小林義孝(こばやし・よしたか)
大阪府大東市在住。摂河泉地域文化研究所理事。古代から近世の葬墓制研究の専門家。近年は河内を中心とする地域の歴史の解明につとめる。『六道銭の考古学』(共編著、高志書院)、『河内文化のおもちゃ箱』『ニッポン猪飼野ものがたり』(批評社)の編集を担当する。
 
摂河泉地域文化研究所(せっかせんちいきぶんかけんきゅうじょ)
摂河泉地域(大阪府と兵庫県の一部)を中心に、地域の歴史や文化の調査・研究を行い広く市民に公開する。近年は河内飯盛城跡に関するシンポジウムの開催など通じて、その歴史意義を明らかにするとともに、歴史資源を活かしたまちづくりを模索する。

目次

戦国河内キリシタンの世界 目次

はじめに (小林義孝)

第1編 河内キリシタンの繁栄とその広がり ──神田宏大の著作から

1 ザビエルの夢の実現(講演記録から)
2 戦国時代の河内キリシタン  
 1.河内キリシタンの始まり  
 2.河内飯盛山城での集団入信  
 3.河内キリシタンの繁栄  
 4.河内はキリシタン宣教師の聖地  
 5.戦場での二人のキリシタン武将  
 6.河内キリシタンが与えた影響  
 7.日本各地で活躍した河内キリシタン

3 河内キリシタン人物伝
はじめに  
・ ロレンソ了西──盲目の琵琶法師から修道士  
 ・ 三箇頼照サンチョ──河内キリシタンの聖地・三箇の城主  
 ・ 池田丹後守教正──キリシタンが集住する若江城の城主  
 ・ 三木半太夫──「二十六聖人」三木パウロの父  
 ・ 結城左衛門尉アンタン──河内に福音をもたらした河内岡山城主
 ・ 河内で最も美しかった「砂の教会堂」
 ・ 結城弥平次ジョルジ──河内キリシタンの繁栄とその広がり
 ・ 秀吉の「伴天連追放令」──キリシタン迫害の始まり
 ・ 小西行長の信仰と行動
・ 結城弥平次ジョルジのその後
 ・ 三箇アントニオ──元和大殉教の勇者
 ・ ディオゴ結城了雪──近畿最後の宣教師
・ 三箇城跡に立って   
  あとがき

コラム
・神田宏大牧師と隠れキリシタン探究 /今村與志雄

第2編 河内キリシタンの世界

キリシタンと戦国時代の河内・畿内
1 三好長慶と河内キリシタン /天野忠幸
2 高山右近と戦国時代の畿内社会/ 仁木宏
3 高山飛騨守・右近と高槻のキリシタン/ 中西裕樹

河内キリシタン
4 河内のキリシタン遺跡/村上始
5 モンタヌス『日本誌』の「堺市図」は深野池から見た飯盛城か?/ 鹿島純
6 田原「礼幡(レイマン)」墓碑の出土状況/ 小林義孝
7 河内キリシタン 進士氏と鵤氏/ 小谷利明
8 河内烏帽子形のキリシタン/ 尾谷雅彦

コラム・ 松田毅一と河内キリシタン研究/ 佐々木拓哉

キリシタン墓の流れ
9 千提寺のキリシタン墓/ 合田幸美
10 垣内・潜伏キリシタン長墓群 ──江戸・禁教期を通じて築かれた深堀領飛び地六カ村の長墓群/ 大石一久

河内からのキリシタンの広がり
11 京都のキリシタン遺跡/ 丸川義広
12 天草に来た畿内キリシタン/ 中山圭
13 東日本のキリシタン遺跡/ 今野春樹

河内キリシタン探求
14 キリシタン墓碑研究のこれから ──九州と畿内のキリシタン墓碑/ 大石一久
15 河内キリシタン探求の歩み ──本書の成り立ち/ 小林義孝

あとがき (小林義孝)

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