TOP 現代思想・哲学を読む 在野学の冒険─知と経験の織りなす想像力の空間へ

在野学の冒険─知と経験の織りなす想像力の空間へ

  • 礫川全次編
  • 価格 1700+税円
  • 判型:46判、208ページ、並製
  • ISBN 978-4-8265-0642-7
  • 初版発行年月 2016年5月23日
  • 発売日 2016年5月25日

内容紹介文

山本義隆
藤井良彦
芹沢俊介
八木晃介
高岡 健
副田 護
大日方公男

おっと過激だ、在野学!
自由な<独>学の冒険から闊達な<在野>学の冒険へ!

知とは何か。知とは先人の思索と経験の結晶を受け継ぎ、未知の世界に挑むたゆまぬ試行と冒険によって新たな知と経験の結晶をつくりだして行くことではないだろうか。
<在野>に学ぶ人たちがどのように優れた研究をいかに究めてきたのか。<在野>にこだわるなかで、アカデミズムの域を超えて新たな知と経験の地平を切り拓く想像力の空間へ、読者をお誘いする一冊。

「はしがき」より

編者が最初に、「在野学」という言葉を意識したのは、山本義隆さんの「十六世紀文化革命」という文章(『論座』二〇〇五年五月号所載)を読んだときでした。この文章は、本書に再掲されていますが、オリジナル版に対し、徹底的に手を加えていただいたものです。ここで山本さんは、近代の科学というものは、十六世紀に、在野の職人が、みずからが獲得した「知」を、日ごろ使っている「俗語」で記録したことに始まるという指摘をされていました。たいへん重要な指摘だと思いました。
なぜ、「在野の職人」だったのでしょうか。山本さんによれば、それは、彼らこそが、自分の仕事で行き当たった諸問題を、自分の頭で、科学的に考察できたからです。たとえば、当時の医者は、手術をする、包帯を巻くといった手を汚す仕事は、理髪師あがりの外科職人にまかせていたそうです。そうした職人たちが、学術用語のラテン語ではなく、ドイツ語、フランス語、英語といった「俗語」で本を書き始めたのが十六世紀でした。まさにこのとき、近代の科学が誕生したわけです。
この十六世紀の職人たちの研究成果、これこそが「在野学」です。アカデミズムの世界の外に(在野に)位置する研究者による研究成果で、アカデミズムも、その価値を認めざるをえないような研究成果。─ひとつには、これを在野学と呼んでよいと思います。
いま、「ひとつには」と申し上げたのは、別の意味での「在野学」というものも想定できると考えたからです。従来のアカデミズムが扱いきれない、あるいは扱おうとしてこなかった「在野」的な分野にこだわり、そうした分野で、何とか学問を成立させようと努力すること。─これもまた、「在野学」と呼んでよいのではないでしょうか。
「神隠し」のような現象は、現時点では、科学的に解明することができない。記述から出発する民俗学だけが、それを解明する潜在力を有している。─高岡健さんは、本書所収の柳田國男論で、柳田がそのように考えていたと指摘しています。ハッとさせられる指摘です。
ここで柳田が捉えた「民俗学」とは、従来のアカデミズムが扱いきれない、あるいは扱おうとしてこなかった「在野的な世界」を扱う学問ということになるでしょう。ちなみに、柳田國男の関心の対象は、狩猟伝承、妖怪譚、山人譚、民間信仰、諺など、一貫して、「在野的な世界」に属するものでした。つまり柳田國男は、その立ち位置が「在野」にあったというよりは、むしろ、その関心領域が「在野」にあったという意味で、「在野学者」と呼ぶにふさわしい、と思われます。
さらに、高度の「在野的精神」を持つような学者を「在野学者」と呼び、その学問を「在野学」と呼ぶことも許されると思います。これは、本書所収、大日方公男さんの吉本隆明論を読んで、思いついたことです。
大日方さんは、「類は友を呼ぶ」という諺を引用しながら、吉本隆明のまわりには、さまざまな「独学者」が集まってきたと指摘されています。「類は友を呼ぶ」の「類」とは、大日方さんのいう「在野的精神」のことだと思います。吉本隆明は、その立ち位置においても、その関心領域においても、「在野学者」と呼ぶにふさわしい思想家ですが、高度の「在野的精神」の持ち主であるという、その点においても、まさに「在野学者」と呼ぶにふさわしい思想家であり、独学者であると言えるでしょう。
今回、編者として、執筆者の方々の原稿を、誰よりも早く拝読するという至福の機会を得ました。次々と送られてくる原稿に目を通しながら、この本が、『在野学の冒険』というタイトルにふさわしい論集となるであろうことを確信できたのは、大きな喜びでした。執筆者の皆様に、この場を借りて、厚く感謝申し上げます。

礫川全次

「あとがき」より

いまここに、執筆者の全原稿が入力されたゲラがあります。それに目を通した上で、この文章を書いています。文字通りの「あとがき」です。
各収録論文について、最少限の紹介をおこなうことで、「在野学」のイメージ、あるいは本書の趣旨を、明らかにできればと考えています。各執筆者のプロフィール、論文の初出などについては、各論文の末尾に付記されていますので、そちらをご覧ください。
論文の配列は、おおむね原稿の到着順です。そこに深い意味はありませんが、藤井良彦さんの「公教育」論のあとに、芹沢俊介さんの「親問題」論がはいるなど、結果的に、うまい具合になっています。
山本義隆さんの「一六世紀文化革命」については、「はしがき」で言及しましたので繰り返しません。「『ルネサンス』と『一六世紀文化革命』」は、『一六世紀文化革命』1・2(みすず書房)の発刊(二〇〇七年四月)を受けて、発表された文章です。
藤井良彦さんの「学なき学校教育、公の理念なき公教育」は、書き下しです。論文でも触れられていますが、藤井さんは、「中学校に一日も通わなかった」そうです。そうした体験をふまえたラジカルな公教育論です。なお、藤井さんには、「独学者たちの啓蒙主義」(二〇一五)という論文があり、これはインターネットで公開されていますので、併せてご参照ください。
芹沢俊介さんの「思想としての在野学」は書き下しです。私は、一九七〇年代半ばに日本経済新聞に載った芹沢俊介さんの家族論を読み、衝撃を受けた覚えがあります。詳細は覚えていませんが、北海道で起きた一家心中を論じたものだったと記憶します。今回の「思想としての在野学」も家族論です。芹沢家族論の最も本質的な部分が、さりげなく語られています。
八木晃介さんの「在野学としての"社会学"」は、社会学という学問を、その誕生から問い直し、「在野学」として位置づけた画期的な論考です。ユダヤ人社会学者G・ジンメルは、「排除されていない者は包括されている」と言ったそうです(本書一〇五ページ)。そのジンメルに深く学んだはずの清水幾太郎は、その晩年、急速に右転回し、「治安維持法」を肯定するにいたりました。日本における社会学のあり方について、深く考えさせられた論考でした。
高岡健さんの「柳田国男の〈資質〉についての断章」は書き下しです。この論考については、「はしがき」で言及しましたので繰り返しません。
副田護さんの「関東軍参謀将校の独白」は、既発表の「ある参謀将校の独白」を踏まえていますが、事実上、書き下しです。今回、そのふたつを併せて紹介しました。世に言う「正史」を覆し、それを相対化する証言が紹介されています。話者の樋口季一郎(元・関東軍参謀将校)も在野的な人物のようですが、その証言を引き出し、再話されている副田護さんもまた、在野の精神に富んでいます。
大日方公男さんの「吉本隆明の『在野的精神』」は書き下しです。この論考についても、「はしがき」で言及しました。なお、大日方公男さんは、吉本隆明のまわりに集まってきた「独学者」として、三浦つとむ、谷川雁、村上一郎、内村剛介、菅谷規矩雄、そして芹沢俊介さんの名前を挙げています(本書一七八ページ)。
礫川の「在野研究者・本山桂川に学ぶ」は、敬愛する在野研究者、民俗学者である本山桂川の紹介です。今回、この在野的精神に富む研究者を紹介することで、責めを塞ぎました。
最後に一言。藤井良彦さんは、本書七二ページで、「机はよく選ばなければならない」と言われています。「机」とは、藤井さんによれば、「勉強する場所」のことです。だとすれば、それは、ともにまなぶ学友のいる場所という意味でもあるでしょう。「在野学」に興味を抱いている方々にとって、あるいは独学に励まれている方々にとって、本書が、そうした「机」の役割を果たせることを願っています。

二〇一六年四月二一日

礫川全次

目次

在野学の冒険
──知と経験の織りなす想像力の空間へ
目次

はしがき……礫川全次

一六世紀文化革命
山本義隆
●一六世紀に何が起きたか ●蔑視されてきた職人たち ●職人が本を書き出した ●知の世界を支配していた古代信仰 ●大航海時代がもたらした衝撃 ●民衆の学問を阻んだラテン語の壁 ●俗語の使用が学問を開放する ●秘匿された知から公開の知へ

「ルネサンス」と「一六世紀文化革命」
山本義隆

学なき学校教育、公の理念なき公教育
──在野学の立場から今「不登校」を問う
藤井良彦
●「一条校」というコトバ ●在野学による登校拒否論 ●「不登校」というイデオロギー ●戦後民主主義教育とは何であったか? ●「異学」としての在野学 ・虚学は独学にあり

思想としての在野学
──民間学から在野学へ、そして思想としての在野学へ
芹沢俊介
●民間学という先駆●外在的であって同時に内在的な問題●「死」、「いま・ここ」における私の「親問題」

在野学としての“社会学”
八木晃介
●たとえば、「私」について ●たとえば、「G・ジンメル」について ●たとえば、「社会学」と「在野学」との親和性について

柳田国男の〈資質〉についての断章
──〈在野〉とは何か
高岡 健
●柳田の「異常心理」●父親と母親と兄嫁●神隠しの<資質>●入出眠と「空想」●<在野>とは何か

関東軍参謀将校の独白
副田 護
●はじめに ●「満蒙は日本の生命線」 ●実情を知って驚いた満州国 ●勝てないから負けないことを研究する ●独ソ開戦を予測しての譲渡交渉 ●東條、樋口、杉原のハルビン三者会談 ●ユダヤへ恩を売る千載一遇の好機 ●ソ連がユダヤ人に国内通過を許した理由 ●終わりに

ある参謀将校の独白
副田 護
●軍隊とはなにか ●国家、国体とはなにか ●戦時中の知識人たち

吉本隆明の「在野的精神」
大日方公男
●読者によく届いた思想の声と語り口●論争と批判的発言が鍛えた独学精神●本当の反体制思想とは?●ポストモダンへの対応と知の加速化●晩年の発言と思想の原則

在野研究者・本山桂川に学ぶ
礫川全次
本山桂川と雑誌『土の鈴』●柳田國男に対する義憤●佐々木喜善への友情●功なき研究を持続する力

あとがき……礫川全次


あとがき

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