TOP サイコ・クリティーク 『絶歌』論─元少年Aの心理的死と再生

『絶歌』論─元少年Aの心理的死と再生

  • 高岡 健著
  • 価格 1700+税円
  • 判型:46判、198ページ、並製
  • ISBN 978-4-8265-0636-6
  • 初版発行年月 2016年2月25日
  • 発売日 2016年2月25日

内容紹介文


『絶歌』の出版がなければ誰も知りえなかった、元少年Aの心理とは?

神戸市連続殺傷事件を解く鍵とは?

猟奇的にも映るAの行動が、実は心理的自殺の過程であった!

 祖母の死と密接不可分の射精というAの説明は、鑑定書に記された...仮説に対し根本的な変更を迫るものだといっていいでしょう。そして、この事実は、『絶歌』の出版がなければ誰も知りえなかった、第一の重要な心理なのです。
 Aにとって、祖母と淳さんの共通点とは何だったのでしょうか。淳さんの笑顔は、Aを無条件に受け入れてくれているように、Aの眼には映りました。この「無条件に受け入れてくれる」というところが、両者の共通点だったのです。そしてこのことこそが、『絶歌』の出版がなければ誰も知りえなかった、第二の重要な心理なのです。[本文より]
 『絶歌』の出版によってはじめて知ることができた、二つの重要な心理こそが、神戸市連続殺傷事件を解く鍵だったのです。その鍵を手に入れることによって、猟奇的にも映るAの行動が、実は心理的自殺の過程であったことを、私たちは解明しえたのです。[本文より]

 『絶歌』には、《自分の頭で考え、自分の力で自分の居場所を見つけ、自分の意志で償いの形を見出さなくては意味がない。そのためには、自分はどうしても『ひとり』になる必要がある。》という文章から始まり、《思えば僕は、これまでずっと誰かや何かに管理されてきた。逮捕されるまでは、親や学校や地域に。逮捕後は国家権力に。》と、自分で考え、自分の意志で行動することにさまざまな抑制が加えられ、《本当の自分がどこにいるのかわからなくなるのです。》と回想している。
本当の《自分の過去を隠したまま『別な人間』として周りの人たちに近付きすぎると、本当の自分をつい忘れてしまうことがある。?ふとした拍子に、自分は何者で、何をしてきた人間なのかを思い出すと、いきなり崖から突き落とされたような気持になる。》そして《もはや僕には言葉しか残らなかった。》と事件から現在に至る自身の心性を顧みている。
 少年Aの象徴的な表現スタイルは、多くの直喩と数少ない隠喩の混在した文章そのものにある。「自分自身や環境的世界との低次の対応すら持たされていないAの日常生活があり、その生活を努力によって辛うじて自分自身や世界に対応させるため、Aが採用した方法が直喩だということです。」

他方、数少ない「Aにとっての隠喩は、Aの感情や思考を深いところで支える身体、あるいは事象に向き合うときに自分を支える身体の状態を記述する言葉だといえます。」例えば、《身体の中に真っ黒い風船が膨らみ、内側から内蔵を圧迫した。》《気付くとマシンガンと化した涙腺から、涙の弾を連射していた。》といったような表現は、「母親から逃れる役割を果たしていた祖母とサスケの死が、Aの内部で風船を膨らませ、Aを圧迫します。...圧迫から解放されるためには...母親を殺すしかありませんが、Aは母親を殺す代わりに...猫を殺そうとします。Aは猫から逆襲され...圧迫は増大する一途をたどり、風船は破裂します。...この時点でAは......母親から精神的に瀕死の状態にまで追い込まれているのです。...Aの内臓のうち、わずかに残った心臓も二つに割れ(《分裂した心臓の片割れが内臓を掻き分け股の間から》とAは記しています。)心臓の「片割れ」は性器と結びつき、...辛うじて生きながらえることになった...。
これを、Aは、死に対する自分の"勝利"と呼んで...「さんざん自分を弄んだ死を、完璧にコントロールした」からです。このことを母親によってもたらされた内臓破壊による瀕死の状態を、痛みを伴う性欲動によって克服しようとする姿といいかえてもいいでしょう。」
要約すれば、「親からの圧力によって精神的に瀕死の状態まで追い込まれていたAは、性器─脳筋肉という内臓以外の臓器によって、辛うじて生きながらえるしかありませんでした。いいかえるなら、死をコントロールするエクスタシーによってしか、自分を支えることができない状況もまた、つづいていたのです。」

「両親とりわけ母親から追いつめられていたAにとっての、現実の逃げ場がなくなり、記憶と空想の中にしか逃げ場所をつくることができなかったことこそが「原因」なのです。記憶と空想のなかで、母親代理の祖母を求めつつ電気按摩器を用いて行う自慰は、痛みを伴っていました。その痛みから二次的に、動物虐待と性衝動が結びつくようになったのです。」(本文より)
Aはそうした抑圧から自分を守るために自分だけの守護神を「バモイドオキ神」と名付け、自身が憑依して動物殺しをするAを「酒鬼薔薇聖斗」と名付けて切り離し、辛うじてバランスをとるのだが、それは解離したAの二つの人格である。

元少年Aが書いた『絶歌』(太田出版刊)は、刊行されて以来、大きな反響と同時に、出版の是非から出版規制の法制化、書店の販売自粛、公立図書館による蔵書拒否、果ては本人が書いたものではなくプロの編集者が書いたもの、といった具合に、根拠の乏しい主観的な憶測によるプロパガンダが蔓延して、さまざまな領域で賛否両論が巻き起こった。
 冷静な判断にもとづく生産的な議論は影を潜め、バッシングに近い言論抑圧がまかり通り、ヘイトスピーチのような雰囲気さえ漂ってしまったと言っていい。こんなところにもこの国の民主主義のひ弱さが透けて見える気がする。


目次

まえがき

第一部
『絶歌』を精読する

第一章
『絶歌』から抽出される問い……『絶歌』の内容上の特徴/『絶歌』の文体上の特徴

第二章
Aの幼年時代……誕生から小学校入学まで(1)/誕生から小学校入学まで(2)/幼年時代の生育史が意味するもの

第三章
小学校時代……入学以降のA/祖母/サスケ/三つの隠喩の意味

第四章
小学校五年生から連続殺傷事件まで……小学校五?六年生ころから中学校入学まで/中学校入学以降/病院と児童相談所

第五章
竜が台事件……連続殺傷のはじまり/彩花さんの死(1)/彩花さんの死(2)/『彩花へ─「生きる力」をありがとう』が指摘していること

第六章
淳さん殺害・死体損壊・遺棄事件……淳さんとAとの関係/淳さんはどんな子どもだったのか/淳さん殴打事件(1)/淳さん殴打事件(2)/殺害と死体損壊

第七章
医療少年院から更生保護施設のころまで……医療少年院(1)/医療少年院(2)/仮退院/保護観察/保護観察の終了

第八章
現在まで……カプセルホテル時代/建設労働者時代/溶接工時代/再生の現段階

第九章
少年法……更生とは何か(1)/更生とは何か(2)/出版の是非について(1)/出版の是非について(2)/少年法「改正」(1)/少年法「改正」(2)

第二部
精神鑑定から司法福祉へ

第一章
「双子の星」と少年法の理念……子どもの精神医学/双子の星」(1)/双子の星」(2)/板橋事件(1)/板橋事件(2)/板橋事件(3)/板橋事件判決の意味するもの/虐待の連鎖について

第二章
「貝の火」とパターナリズム│……「貝の火」/石巻事件(1)/石巻事件(2)/石巻事件(3)/裁判員裁判/情状鑑定と司法福祉/情状鑑定の進め方/裁判所と情状鑑定

第三章
「よだかの星」といじめ自殺│……「よだかの星」/いじめの構造/集団主義の陥穽/いじめに今日的な特徴はあるか/桐生市のいじめ自殺事件/体罰と「幼年時代」

第三部
佐世保高一女子殺害事件覚書

第一章
事件へと至る過程と背景……事件への道筋/事件の背景

第二章
どうすべきだったか……給食への異物混入事件の重要性/関係の切断

第三章
家裁の決定について……長崎家裁の決定要旨─事件の理解/長崎家裁の決定要旨─処遇

*追記*

あとがき

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