TOP サイコ・クリティーク 愛に疎まれて─<加藤智大の内心奥深くに渦巻く悔恨の念を感じとる>視座

愛に疎まれて─<加藤智大の内心奥深くに渦巻く悔恨の念を感じとる>視座

  • 芹沢俊介著
  • 価格 1700+税円
  • 判型:46判、176ページ、並製
  • ISBN 978-4-8265-0635-9
  • 初版発行年月 2016年1月25日
  • 発売日 2016年1月27日

内容紹介文

親殺し・自殺・無差別殺傷の狭間で

 家庭内暴力としての親殺しには向かわず、自殺願望を遂げられず、無差別殺傷へと至った秋葉原事件。無差別殺傷事件はどうして起こるのだろうか。バーチャルな世界のトラブルが無差別殺という殺意の衝動へ転換する心的構造の解明こそ、事件の再発防止に不可欠なのではないのだろうか。
無差別殺傷という不条理に真摯に向き合い、寄る辺なき不安と孤独のなかで、愛に疎まれて生育した子どもの心理機制と恐るべき事件に至る道程を養育論的視座から根源的に解き明かす。

養育論的に理解した「孤独」は、そうした欠如あるいは喪失がもたらす対処しがたい「不安」であり、寄る辺なさとして把握できる存在の絶対の危機を指しているのである。このような特定の「誰か」の欠如と、秋葉原無差別殺傷事件に現れた「誰でもいい誰か」という特定性を欠いた、攻撃対象の無差別性とは、私の目には疑いようもなく見合っているのである。
加藤智大が言う「成りすまし」そのものが掲示板にしか出現しない抽象的な存在であり、もともと誰であるか、どこにいるのかわからない特定不能な存在なのである。そのような特定不能な存在への攻撃である以上、攻撃対象は不特定へと拡散せざるを得ず、その攻撃が実行されれば、攻撃する対象は不可避的に無差別的に拡散せざるを得ないのである。
加藤智大が陥った「孤独」、「孤独」がもたらした内面のアノミー(混沌)状態において、すでに加藤智大の殺意の対象は、「誰でもいい誰か」に向けられていた。それは加藤智大が理解できない、と事後的に記した「誰でもいいから人を殺したくなる心理」に、加藤智大が呑み込まれたことを告げていたのである。[本文より]

目次

第1章 「孤独」から考える

1  養育論として事件を読み解く
2  「孤独」という問題設定
3  言葉にこだわるということ
4  動機としての「孤独」の構造について 

第2章 二重の母親

1  二重の母親
2  受けとめ手がいないことの不幸
3  加藤智大の芹沢批判

第3章 受けとめ手

1  用語の解説
2  自己受けとめ=責任ということ

第4章 加藤智大のものの考え方

1  事件の三つの原因
2  「トラブル時の私のものの考え方」
3  「トラブル時の私のものの考え方」はどう作られたか―「しつけ」
4  言葉がない―母親の「しつけ」の特徴

第5章 相互に一方的な通交

1  「させる―させられる」
2  「正解」を探す
3  相互に一方的な通交 

第6章 自滅衝動と他者という客体の消失―トラブルの対処の仕方

1  親子間におけるトラブル対処法としての「しつけ」
2  社会的な場面におけるトラブル対象法としての「しつけ」
3  社会的な場面におけるトラブル対処法?―自滅行動が見知らぬ他者を巻き込む

第7章 掲示板について

1  最後の寄る辺
2  友人
3  孤立への怯え 

第8章 事件へ

1  生活が掲示板中心になる
2  愛着対象を求める対人接近行動
3  事件を起こさないためには
 
終章 愛に疎まれて―加藤智大の死刑願望をめぐって

1  『ラスネール回想録』
2  「懲役より死刑の方がマシ、という価値観」をめぐって
3  自分のことはどうでもいい人

あとがき

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