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親鸞 往還廻向論の社会学

  • 八木晃介著
  • 価格 3000+税円
  • 判型:46判、368ページ、上製
  • ISBN 978-4-8265-0620-5
  • 初版発行年月 2015年6月25日
  • 発売日 2015年6月22日

内容紹介文

まことに現代社会の諸状況は、"濁悪末世"そのものの具現といわなければなりません。低位で安定した社会にあって押し隠されてきた、あるいはそれが可能とおもわれてきた少数者への差別・抑圧・排除の論理が、いまや公然と国や自治体の政策に反映され、現実化されています。
こうした悪循環の罠が民衆を呪縛して、格差社会をさらに昂進させると共に、蔓延する時代閉塞の焦燥感が、逆に正義と平和への理想主義を遠景に追いやり、絶対多数の自公政権によって憲法改悪・軍事国家としての再生が着々と推し進められているのです。
翻って、平安末期から鎌倉時代にかけて、親鸞の時代もまた終末論的な末法思想が広まった時代です。法然を師と仰いで生涯にわたり、浄土往生を説く真実の教えを継承し、独自の寺院を持つことはしないで、各地につつましい念仏道場を設けて教化する形をとったため、親鸞の念仏集団は多くの民衆に浸透して隆盛したが、既成の仏教教団や浄土宗他派からの攻撃を受けてしまい、元久2年(1205年)、奈良の興福寺は九か条の過失を挙げて、朝廷に専修念仏の停止を訴えました。
そのため、建永2年(1207年)2月、後鳥羽上皇の怒りに触れ、専修念仏の停止と西意善綽房・性願房・住蓮房・安楽房遵西の4名を死罪、法然ならびに親鸞を含む7名の弟子が流罪に処せられたのです。
親鸞は越後に流罪されたのですが、そこで出会った非農業民である猟師、漁師、いし、かはら、つぶて、ワタリ、タイシといった屠沽の下類(被差別民衆)との邂逅によって、親鸞の専修念仏の思想は大きな変革を余儀なくされるわけです。
有名な『歎異抄』(唯円)にある「善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人おや」という悪人正機説は、絶対他力の本願とともに、親鸞思想の核心ともいえます。
しかし、弟子の唯円が「増悪無碍」(悪のしほうだい)を親鸞の意に反して、「悪を恐れないのは本願ぼこりなので往生が不可能であるということ自体、善悪の宿業を理解していないことである」(『歎異抄』一三章、著者の私訳)として、悪もまた宿業(前世からの業論)であるという、親鸞の教説(『教行信証』)とは真逆な解釈にもとづいて悪人正機説を理解していますが、こうした解釈は親鸞への反逆でしかなく、まさに「あさましき」愚論と言えます。
「救われない」という自覚をもったものが「救われないまま」に共に「救われる」という超絶的な論理にこそ、親鸞思想の神髄ではないのか。
親鸞が一度たりとも首肯したことのない「宿業」論こそ否定すべき対象であって、そうでなければ、親鸞思想の本質を見失ってしまうことになるのではないか。
さらに往相廻向・還相廻向の思想的転換は、死後に浄土へ往相することではなく、還相もまた死後に浄土から穢土(現実世界)へ廻向することではなく、親鸞にとっては往相・還相廻向ともに阿弥陀仏の願力による廻向であって、現世において実現されなければならないものなのです。「死んで生きかえる」のではなく、「生きて生きかえる」、まさに現実変革の核心的思想が投影されていると解釈すべきではないか。

吉本隆明『最後の親鸞』をはじめ、先行研究の成果を批判的に検証しつつ、壮大な親鸞思想の全貌を新たな解釈をとおして克明に描き出し、その核心を独自な視点から抉り出した社会学的考察です。

目次

親鸞・往還廻向論の社会学――目次

序章 濁悪薄福の現況と親鸞の思想
第1節 末法の世の棄民
第2節 厭離穢土・欣求浄土の弁証法
第3節 親鸞の読み替えと私の読み替え

第一章 「往還廻向」論
第1節 「救済財」と「弥陀の本願」
第2節 往還廻向と自利利他の原則
第3節 親鸞の求道と往還廻向
第4節 弾圧から流罪――「還相廻向」体感の旅
第5節 『最後の親鸞』(吉本隆明著)批判

第二章 「境界」論
第1節 境界論・反秩序論の視程
第2節 「主上臣下」糺弾から「非僧非俗」宣言へ
第3節 “非僧非俗”と“禿”のリミナリティ
第4節 リミナリティを歩く境界人・親鸞

第三章 「悪・悪人」論
第1節 「悪人」論への入り口――親鸞・フレイレ・ゲバラ
第2節 親鸞の「悪人」論の視程
第3節 阿闍世と善鸞、そして「唯除」規定
第4節 「造悪無碍」と「造反有理」

第四章 「業・宿業」論
第1節 五悪段と輪廻転生
第2節 「業」思想の光と陰
第3節 “業”の生活世界と親鸞
第4節 業論・女性・親鸞

第五章 「生命・生死」論
第1節 パーソン論の優生思想
第2節 「縁起」論的生命倫理
第3節 仏教と脳死・臓器移植
第4節 親鸞の生死観

終章 『歎異抄』と『教行信証』
第1節 愚禿釈親鸞と愚陀仏庵・夏目漱石
第2節 『歎異抄』における親鸞
第3節 『教行信証』における親鸞
第4節 『歎異抄』第十三章をどう見るか

あとがき

引用文献・参考文献
人名索引
事項索引

引用文献・参考文献 (五〇音順・太字は引用文献)


赤松俊秀『鎌倉仏教の研究』平楽寺書店、一九五七年+B1
赤松俊秀『親鸞』吉川弘文館、一九六一年
暁烏敏『歎異抄講話』講談社学術文庫、第36刷、二〇〇九年
家永三郎『中世仏教思想史研究』法蔵館、改訂増補版、一九五五年
池田勇諦「親鸞の邪正批判」、日本仏教学会編『仏教における正と邪』平楽寺書店、一九八三年
池見澄隆「〈浄土再会〉をめぐって」、日本仏教学会編『仏教の生死観』平楽寺書店、二〇一〇年
伊香間祐学『教学を問い直す――国家と宗教』一九八五年度第十一回後期修練講義録、島津通編、一九八六年
伊香間祐学「真宗大谷派近代教学の戦争責任」、『解放の真宗』第二号、解放真宗研究会、一九九四年
石尾芳久『差別戒名と部落の起源』京都松柏社、一九八二年
石田瑞麿『親鸞とその弟子』法蔵館、一九八一年
石田瑞麿『親鸞とその妻の手紙――親鸞・恵信尼』春秋社、 一九六八年
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井上鋭夫『山の民・川の民――日本中世の生活と信仰』平凡社、一九八一年
井上鋭夫『一向一揆の研究』吉川弘文館、一九六八年
井上ひさし『道元の冒険』第3刷、新潮文庫、一九七七年
今井雅晴『親鸞と東国門徒』吉川弘文館、一九九九年
今井雅晴『親鸞の家族と門弟』法藏館、二〇〇二年
今村仁司『親鸞と学的精神』岩波書店、二〇〇九年
今村仁司「凡夫とは何か」、『無限洞』第3号、二〇〇五年
今村仁司「覚醒者の作法」、『無限洞』第1号、二〇〇三年
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太田典礼『安楽死のすすめ』三一新書、一九七三年
大橋俊雄校注『法然著 選択本願念仏集』、岩波文庫、第16刷、二〇一一年
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大峯顕「現代における〈いのち〉の問題」、『教学研究所紀要』4、浄土真宗教学研究所、一九九五年
小川一乗『大乗仏教の根本思想』法蔵館、一九九六年
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河田光夫『親鸞と被差別民衆』明石書店、一九九四年
菊村紀彦『親鸞――〈教行信証〉の世界』雄山閣、一九九八年
菊村紀彦『新装版・親鸞辞典』東京堂出版、二〇〇一年
菊村紀彦・仁科龍『親鸞の妻・恵信尼』雄山閣、一九八一年
木場明志「シンポジウム〈真宗にとっての反戦とは何か〉」での発言。『解放の真宗』第2号、解放真宗研究会、一九九四年
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雲井昭善編『業思想研究』第2刷、平楽寺書店、一九八七年
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小武正教『親鸞と差別問題』法蔵館、二〇〇四年
児玉暁洋「疑謗を縁とすることのできる道」、親鸞塾編『親鸞はいきている』現代評論社、一九八〇年
小松美彦『脳死・臓器移植の本当の話』PHP新書、二〇〇四年
近藤祐昭『部落差別と真宗の課題』永田文昌堂、一九八三年
佐々木馨『生と死の日本思想――現代の死生観と中世仏教の思想』トランスビュー、二〇〇二年
佐々木現順『業論の研究』法蔵館、一九九〇年
佐々木現順編著『煩悩の研究』清水弘文堂、一九七五年
佐藤正英・野崎守英編『日本倫理思想史研究』ぺりかん社、一九八三年
重松明久『日本浄土教成立過程の研究――親鸞の思想とその源』 平楽寺書店、 一九六四年
柴田道子『被差別部落の伝承と生活』三一書房、一九七二年
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新保哲『親鸞――その念仏と恩思想』吉川弘文館、一九八五年
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鈴木大拙『妙好人』法蔵館、一九七六年
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平雅行『親鸞とその時代』法蔵館、二〇〇一年
滝沢秀樹『イエスと親鸞』世界書院、一九八六年
ダグラス,M.『汚穢と禁忌』塚本利明訳、思潮社、一九八五年
武内義範『親鸞と現代』中公新書、一九七四年
武田鏡村『親鸞 差別解放の思想と足跡――中世民衆と親鸞の旅』三一書房、一九九二年
多田富雄『免疫の意味論』青土社、一九九三年
田辺繁子訳『マヌの法典』岩波文庫、第14刷、一九七八年
玉光順正、ルベン・アビト『聖書と親鸞の読み方――解放の神学と運動の教学』明石書店、一九八九年
玉光順正『講演録・浄土を明らかにする』解放研修会事務局、私家版、二〇〇九年
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田村芳朗「日本における業と自然の思想」、雲井昭善編『業思想研究』第2刷、平楽寺書店、一九八七年
多屋頼俊『親鸞書簡の研究』 (多屋頼俊著作集第3巻)法蔵館、一九九二年
千葉乗隆『親鸞・覚如・蓮如』 (千葉乗隆著作集 第1巻)法藏館、二〇〇一年
寺尾五郎「権力に屈することなく民衆の側に立ちつづけた男」、親鸞塾編『親鸞は生きている』現代評論社、一九八〇年
寺川俊昭『親鸞の信のダイナミックス――往還二種回向の仏道』草光舎、一九九三年
トゥーリー,M.「嬰児は人格を持つか」、エンゲルハートほか著『バイオエシックスの基礎――欧米の〈生命倫理〉論』加藤尚武ほか訳、東海大学出版会、一九八八年
徳永道雄「真宗における正邪の諸相」、日本仏教学会編『仏教における正と邪』平楽寺書店、一九八三年
徳永道雄「親鸞聖人の教え――本願他力の救い」、千葉乗隆・徳永道雄『親鸞聖人・その教え生涯に学ぶ』本願寺出版社、二〇〇九年
長石武夫『親鸞の思想と七高僧』法政大学出版局、 一九八七年
中島尚志『親鸞――悪人の浄土』三一書房、一九八四年
中村生雄『肉食妻帯考――日本仏教の発生』青土社、二〇一一年
中村元ほか編『岩波仏教辞典』岩波書店、第5刷、一九九四年
中村元訳『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫、一九八六年
中村元『インド思想史』第2版第26刷、岩波書店、一九九一年
中村元訳『ブッダのことば――スッタニパータ』岩波文庫、一九八四年
夏目漱石『私の個人主義』講談社学術文庫、一九七八年
鍋島直樹「縁起の生命倫理学」、鍋島直樹ほか編『仏教と生命倫理の架け橋』法蔵館、二〇〇八年
鍋島直樹『親鸞の生命観――縁起の生命倫理学』法蔵館、二〇〇七年
日本仏教学会編『仏教の人間観』第6刷、平楽寺書店、一九八六年
日本仏教学会編『仏教における正と邪』平楽寺書店、一九八三年
野間宏『わが塔はそこに立つ』、『野間宏全集』第6巻、筑摩書房、一九六九年
野間宏『親鸞』岩波新書、一九七三年
バーガー,P.L.『社会学への招待』水野節夫ほか訳、思索社、一九七九年
服部之総『親鸞ノート』国土社、一九四八年
林成之『脳低温療法』総合医学社、一九九五年
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ヒットラー,A.『わが闘争』平野一郎訳、角川文庫、一九七三年
平川彰『初期大乗仏教の研究』春秋社、一九六八年
広瀬杲『親鸞の宿業観――歎異抄十三条を読む』法蔵館、一九九三年
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福永勝美『親鸞教団弾圧史』雄山閣、一九九五年
藤田宏達『浄土三部経の研究』岩波書店、二〇〇七年
藤原幸章「真宗の人間観」、日本仏教学会編『仏教の人間観』第6刷、平楽寺書店、一九八六年
藤原幸章「宿業と宿縁――親鸞の場合」、雲井昭善編『業思想研究』第2刷、平楽寺書店、一九八七年
二葉憲香『親鸞――仏教無我伝承の実現』永田文昌堂、一九九五年
二葉憲香『日本仏教の課題――もう一つの文化の構築に向けて』毎日新聞社、一九八六年
フレイレ,P.『被抑圧者の教育学』小沢有作ほか訳、亜紀書房、一九七九年
フレイレ,P.『自由のための文化行動』柿沼秀雄訳、亜紀書房、一九八四年
星野元豊、石田充之、家永三郎校注『親鸞』(日本思想大系第11巻)、岩波書店、一九七一年
本多弘之『〈親鸞〉と〈悪〉――われら極悪深重の衆生』春秋社、二〇一二年
前田惠学「臓器移植問題検討委員会の歩み」、『印度學佛教學研究』39?1、一九九〇年
真木由香子『親鸞とパウロ―― 異質の信』 教文館、 一九八八年
増谷文雄『親鸞』、増谷文雄著作集第10巻、 角川書店、一九八二年
真継伸彦『現代語訳親鸞全集』第5巻、法蔵館、一九八二年
真継伸彦「部落差別と宗教の功罪――親鸞と真宗教団を中心に」、『部落解放』、解放出版社、一九七六年六月号
松野純孝『親鸞――その生涯と思想の展開過程』三省堂、一九五九年
松本史朗『法然親鸞思想論』大蔵出版、二〇〇一年
マルクス,K.『資本論』第一部上、長谷部文雄訳、青木書店、一九六五年
マルクス,K.『賃労働と資本』村田陽一訳、国民文庫、一九五六年
マルクス,K.、エンゲルス,F.『ドイツイデオロギー』古在由重訳、岩波文庫、一九五六年
水谷幸正『仏教・共生・福祉』思文閣出版、一九九九年
見田宗介『現代社会の社会意識』弘文堂、一九七九年
宮井義雄『親鸞の宗教』 法蔵館、一九六二年
毛沢東『実践論・矛盾論』松村一人・竹内実訳、岩波文庫、一九五七年
望月信亨『浄土論概論』東洋文化出版、改訂、一九八〇年
森竜吉「真宗における仏法と王法――蓮如を中心とした試論」、石田充之・滝沢克己編著『浄土真宗とキリスト教』法蔵館、一九七四年
八木晃介『健康幻想の社会学』批評社、二〇〇八年
八木晃介『優生思想と健康幻想』批評社、二〇一一年
八木晃介『差別の意識構造』解放出版社、一九八〇年
八木晃介『現代差別イデオロギー批判』批評社、一九八四年
八木晃介対談集『宗教・差別・天皇制』解放出版社、一九八九年
八木晃介『「排除と包摂」の社会学的研究』批評社、二〇〇〇年
八木晃介『差別のなかの女性――底辺を歩いた母たち』三一書房、一九七八年
八木誠一『パウロ・親鸞・イエス・禅 』増補新版、法藏館、二〇〇〇年
安田理深『親鸞における人間学』東海相應学会研究所、非売品、一九八六年
安富信哉『親鸞・信の教相』法蔵館、二〇一二年
安富信哉「親鸞における批判世界」、日本仏教学会編『仏教における正と邪』平楽寺書店、一九八三年
柳田国男「毛坊主考」、『定本柳田国男集』第9巻、第9刷、筑摩書房、一九七五年
柳田邦男「脳治療革命」、『文藝春秋』一九九七年四月号
山折哲雄『悪と往生――親鸞を裏切る「歎異抄」』中公新書、二〇〇〇年
横井清『中世民衆の生活文化』東京大学出版会、一九七五年
吉本隆明『増補・最後の親鸞』春秋社、新版第8刷、一九九三年
吉本隆明『未来の親鸞』春秋社、4刷、一九九二年
吉本隆明「現代のむなしさと不信は越えられるか」、親鸞塾編『親鸞は生きている』現代評論社、一九八〇年
米村竜二『殉教と民衆――隠れ念仏考』同朋社、一九八七年
霊山勝海「親鸞における生と死」、木内堯央ほか著『死の一点――その仏教的課題』人文書院、一九八四年
和辻哲郎『続・日本精神史研究』岩波書店、一九三五年

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